記事一覧

崎本恵さんの個人文芸誌『糾う』12号

 作家の崎本恵さん(詩人・神谷恵さん)が、個人文芸誌『糾う』(あざなう)12号(6月15日発行日)を完成されました。連載小説「瑕」(きず)の第9回完結編が掲載されています。  この号では私の詩作品「優しさの花」をきれいな小詩集としてくださいました。 招待詩人作品集として、山下佳恵さん、吉川千穂さん、甲斐ゆみこさん、清岳こうさん、藤子迅司良さん、庄司祐子さん、龍秀美さん、堀田孝一さん、藤坂信子さんの詩の花...

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調想不離の美『恋愛名歌集』(三)萩原朔太郎

 萩原朔太郎の『恋愛名歌集』を通して、日本語の歌の韻律美をより深く聴きとる試みの3回目です。前回は頭韻や脚韻を考えましたが、今回はより微妙で柔軟自由な自由押韻と、言葉の音色・色調・ニュアンスを感じとりつつ、想(内容)と音象の望ましい関係について考えます。1.微妙で柔軟自由な自由押韻 日本語の韻律美についても頭韻や脚韻は、各句(呼吸)の始りと終りなので、その響き合いはわかりやすく感じます。朔太郎はさら...

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頭韻や脚韻『恋愛名歌集』(二)萩原朔太郎

 萩原朔太郎の『恋愛名歌集』を通して、日本語の歌の韻律美をより深く聴きとる試みの2回目です。前回は音数律、実数律を考えましたが、今回からより微妙な言葉の音色に耳を澄ませます。 日本語の韻文のこの特徴について朔太郎は、「解題一般」で次のようにわかりやすく記しています。 「日本語には建築的、対比的の機械韻律が殆んどなく、その点外国語に比し甚だ貧弱であるけれども、一種特別なる柔軟自由の韻律があり、母音、...

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時代の情操と音律『恋愛名歌集』(一)萩原朔太郎

 百人一首の韻律美について前回考えたことを受け、萩原朔太郎の『恋愛名歌集』を通して短歌の韻律美を、複数回にわたり感じとっていきます。私は詩人ですが、日本語で表現することでは、和歌、短歌と同じ水流にいるので、受け継がれてきた日本語の歌の本質と特質を学びつつ伝えたいと考えています。 萩原朔太郎は『恋愛名歌集』の序言でまず、広義の韻律とは「言語の魔力的な抑揚や節奏」であり、「詩と韻律とは同字義」との世界...

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小倉百人一首の韻律美。萩原朔太郎

 和歌は黙読されていなかったことは記録から確かです。では和歌がどのように声にのせ歌われてきたのか、私は知りたいと思います。百人一首のカルタで今も詠みあげられる節は清流のようにさらさらとした美しい流れですが、古い時代においては、また違う詠みかたをされていたような気がします。 現代人の感覚では遅すぎるくらいに、大きく呼吸の間をとり、かなりゆったりと詠まれたのではないでしょうか。どのような節がどの程度つ...

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詩語としての口語論。萩原朔太郎

 私は詩で表現しようとするとき、詩は詩でありたい、と当たり前のことを思っています。 この文章のように、散文でより確かに伝えられることは散文で伝え、詩でしか伝えられないもの、詩だからこそ伝えられるものを、詩で表現しよう、と願っています。 詩で表現しようとするとき、萩原朔太郎の詩についての徹底した思索に、学びとることが多くあります。1935年の「口語歌の韻律に就いて」は、彼自ら「詩語としての口語論」と位置...

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芸術として亡びるということ。萩原朔太郎

 私は詩を思うときに、他の芸術、とくに言葉の芸術を意識することが大切だと考えています。萩原朔太郎の考察にはいつも詩歌全体からの視点があり、学ぶことが多いと感じます。 彼の1922年の歌論「歌壇の一大危機」を通して、芸術の存亡とその要因について考えます。 彼は「芸術が亡びる」という言葉で、「能楽の類と同じく、単に「美しき既成芸術」として追憶されるに止まり、それ自身が我我の生活の表現として時代的の意義をも...

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創作の動機。萩原朔太郎

 萩原朔太郎の『恋愛名歌集』などの歌論と俳論が、『萩原朔太郎全集』(筑摩書房)の第七巻にまとめられています 。彼は詩論『詩の原理』で、言葉の芸術である詩歌を愛する強い思いと独自の思索を書き記しましたが、短歌と俳句それぞれに焦点を絞った考察と提言も残しました。 短歌について歌壇の人々への問いかけと対話には、短歌に留まらず、歌、詩、詩歌を思い創作するうえで私が忘れずにいたいと思う詩歌の根本が語られてい...

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和泉式部あくがれる魂の歌

 和泉式部の和歌から、私が好きな歌をここに咲かせました。 恋の歌も、哀傷歌も、切実な、痛切な、愛(かな)しみが心に響いてきます。歌は心の感動だと、いちばん大切なことを教えてくれる詩歌です。千年前の感動が今も心に響きます。 和泉式部の生涯は歌だったと感じます。毎日、些細なことから魂の極まるところまで、喜びも悲しみも、楽しいことも可笑しいことも嘆きも噂話まで、感じる心のままに言葉の抑揚にのせ歌にしまし...

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和泉式部の歌日記

 平安朝期、華麗に花開いた女流文学の中心で激しく生き美しい歌の花を咲かせた和泉式部(いずみしきぶ)の作品、和歌と『和泉式部日記』について考えます。1.彼女の生きざま  和泉式部は、結婚して娘の小式部内侍を産んだ後夫と離れ、契った為尊(ためたか)親王は26歳で夭折してしまいますが、彼の同母弟の敦道親王と出会い結ばれました。その出会いから親王邸に入るまでが『和泉式部日記』に綴られています。その後敦道親王も2...

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アイヌ文学『レラコラチ 森竹竹市遺稿集』

 アイヌとしての誇りと魂を歌いあげた三名の方の作品を、『現代アイヌ文学作品選』から摘み、ここ「愛(かな)しい詩歌に咲かせています。私が良いと感じるままに選びました。 最終回は、森竹竹市(もりたけたけいち、1902年~1976年)の作品です。 彼の『原始林』の序は、アイヌの宗教と芸術を端的に教えてくれます。彼は、イオマンテの詩など、その豊かな世界観と生き様を、心打つ詩作品で伝えてくれます。 詩「アイヌ亡びず...

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アイヌ文学『コタン 違星北斗遺稿』

 アイヌとしての誇りと魂を歌いあげた三名の方の作品を、『現代アイヌ文学作品選』から摘み、ここ「愛(かな)しい詩歌に咲かせています。私が良いと感じるままに選びました。 二回目は、若くして病のうちに亡くなった、違星北斗(いぼしほくと、1902年~1929年)の作品です。 彼の短歌についての思いは「私の短歌」に書かれたとおり、念願が迸り出た歌です。だからこそ、悲しみの歌も痛く響いてきます。優しい魂の持ち主だっっ...

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アイヌ文学『若きウタリに』バチェラー八重子

アイヌの豊かな世界観と文化を知里幸惠の『アイヌ神謡集』を中心に考えてきました。彼女と通じ合う思いを抱いて、アイヌとしての誇りと魂を歌いあげた三名の方の作品を、『現代アイヌ文学作品選』から摘み、ここ「愛(かな)しい詩歌に咲かせます。私が良いと感じるままに選びました。これらの花たちの歌声はそのまま作者の思いと共に風に揺れている、と感じます。(作者の経歴や時代背景については、川村湊の解説で理解が深められ...

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『オリオン』深井克美の絵画

 星の詩についてエッセイを記した心の流れから、冬の夜空に輝く星座のように美しい、思い入れのある一枚の絵画『オリオン』について書きたいと思いました。 私の第一詩集『死と生の交わり』の手持ち本は一冊だけなのですが、その扉に深井克美の絵画『オリオン』のコピーを今も挿んでいます。 美術評論家の坂崎乙郎が深井克美とその絵画を教えてくださり、その著書に掲載されていた白黒写真を拡大コピーしたものです。(余談にな...

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詩人・河津聖恵さんのブログ『詩空間』をリンク

 詩人・河津聖恵さんのブログ「詩空間」を、このブログのリンク集とホームページの「リンク:詩人の世界へ」にリンクさせて頂きました。   河津聖恵さんの詩に出会えたのは数日前の偶然でしたが、ブログで公開されている詩作品とご発言を一読して、私はとても素直な共感を覚えました。現代詩の著名な書き手に河津さんのような魂の透明さと心の優しさと不正に折れない社会性を兼ね備え発信される詩人がいらっしゃることが心から...

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『アイヌ神謡集』知里幸惠(四)

 知里幸惠の『アイヌ神謡集』を私はとても好きでいろんな思いを書き記してきました。今回はそのまとめとして、まだ書き残していること、伝えたいことを拾い集めます。 まずこの本に彼女が込めた心を少しでも伝えたいので、収められた13篇の神謡の目次を書き留めます。(ローマ字はアイヌの言葉の音を幸惠が文字にしたものです)。  AEKIRUSHIKamuichikap kamui yaieyukar, “Shirokanipe ranran pishkan”Chironnup yaieyukar, “To...

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詩「こころ絵ほん」をHPを公開しました

 ホームページの「虹・新しい詩」に、新しい詩「こころ絵ほん」(いち)、(に)」を公開しました。詩「こころ絵ほん(いち) お祭りのうた」詩「こころ絵ほん(に) おんぷと虹と星のうた」お読みいただけると、とても嬉しいです。...

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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同上
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同上
「愛(かな)」1993年同上
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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