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永福門院の和歌

折口信夫「歌の話」から。「人間はいつもにこにこ笑っているものばかりのものではありません」「世間の流行は、しかたのないもので、(略)世間の評判と、ほんとうの物のねうちとは、たいていの場合一致していない」何となき草の花咲く野べの春。雲に ひばりの声ものどけき(永福門院、風雅集巻二122)折口信夫「歌の話」岩波文庫から。雑草の花、なんということのない変った点もない草の花。折口信夫の本を読んだことで、玉葉集の時代...

伏見院、京極為兼、高村光太郎

京極派と呼ばれる鎌倉後期から室町、戦国時代のある時期に明滅した勅撰集「玉葉集」、「風雅集」に象徴される、すぐれた和歌があり、私は共感します。(永福門院の和歌が感受性と言葉づかいの繊細さでとくによいと感じます。)文学で、「派」や「グループ」というものはありえないと考え、好きではありませんが、文学感で理解、共感しあえる同時代に生きる個性それぞれの創作表現と理解すればよいと思います。われもかなし草木も心...

好きな歌。建礼門院右京大夫集。紫式部。

建礼門院右京大夫集とし月のつもりはててもそのおりの雪のあしたはなをぞ恋しき(訳)年月がどんなにたってもあの雪の朝は恋しく、思い出されて建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだゆう)集は、平家の若者と愛し合い源平の戦で死に別れた女性の和歌集です。日中戦争、太平洋戦争に巻き込まれたで多くの若者に、岩波文庫で読まれました。読み返して豊かな感情と深い悲しみに心がうたれます。どのような大義を為政者がか...

本居宣長「新古今集美濃の家づと」など

本居宣長「排蘆小船(あしわけおぶね)」 歌道についての批評精神、古今伝授の虚妄の批判は現代に通じる。「新古今集美濃の家づと」 もののあはれのに立つ新古今和歌集の和歌批評。過去の解釈に対する批評、誤読、独断もふくめ学べる。(中公バックス、日本の名著21)本居宣長 「排蘆小船(あしわけおぶね)」 「石上私淑言(いそのかみささめごと)」(岩波文庫)原文ですが中公バックスの現代訳のあと読むとおおよそ理解でき...

藤原定家の研究に想う

「藤原定家の歌風」(赤羽淑、桜楓社)和歌の調べ。言葉の音楽の美しさの秘密を解き明かす。私もも日本語の詩の創作で心にとめていることなど。定家の歌の雪の美しさの奥深さを、精神の顕微鏡により雪の結晶の映像にまで拡大して見極めようとし変化の無限のまえで立ちすくみつつ歌の美の無限を伝える。「藤原定家の研究」(石田吉貞、文雅堂書店)定家の和歌の根底、種子であるものを、頽唐(たいとう)精神とする。頽廃(たいはい...

八代集。小野小町、西行、式子内親王の好きな歌。

万葉集と歌人、作者未詳歌も含めて、ながく読みつがれ好きな読者のいる集、歌人の作品は、優れていて読んで良い歌だと自然に感じもするものだと、あらためて思います。「合本八代集」(至文堂)古今集から新古今集までの八つの勅撰和歌集の、和歌だけが注も訳なく並んでいます。後撰集は、小野小町の数首が好きでした。小町 「後撰和歌集」心からうきたる舟にのりそめてひとひも浪にぬれぬ日ぞなき拾遺集は、万葉集からの人麿や赤人...

和泉式部歌集。歌人の説話化と歌集。

藤川晶子「平安後期勅撰集における和泉式部歌享受」と「後拾遺集における和泉式部歌享受」を読みました。受け継がれる「歌人の歌」は、説話もとりこみながら膨らみ豊かに変わっていくものという視点に、片桐洋一「小野小町追跡」と通じあう文学と歴史理解の良さがあり、教えられました。柿本人麿歌集、小野小町集、和泉式部集は、いずれも本人の歌ではない歌や説話も加えられ変えられ創りなおされ、ふくらんで伝えられてきたけれど...

小野小町  移ろふものは

古今和歌集 恋歌五 797 小野小町色見えで移ろふものは世の中の人の心の花にぞありける(コレクション日本歌人選3 小野小町 大塚英子 笠間書院)平仮名は近代まで清濁書き分けず濁点は表記されなかったので、この歌の表記は「色見えて」。読みも古来両説あり。小町は「見えて」と、打ち消しの「見えで」、正反対の意味を掛詞にした。惹かれます。手もとにある「伊達本 古今和歌集」藤原定家書写、笠間文庫で確かめました。色見え...

万葉集の好きな歌 (巻第二十、最終) 防人(さきもり)の歌

万葉集巻第二十 防人の歌防人に行くは誰(た)が背と問ふ人を見るが羨(とも)しさ物思ひもせず<今度の防人は誰の旦那さんと尋ねていられる人がただうらやましい>障(さ)へなへぬ命(みこと)にあれば愛(かな)し妹(いも)が手枕(たまくら)離れあやに悲しも<拒めない徴兵、愛する人と引き裂かれ悲しい>万葉集巻第二十 防人(さきもり)等が歌※東国21-60才男を九州北防備に徴兵ふたほがみ悪しけ人なりあたゆまひ我がする時に防人にさす(...

万葉集の好きな歌 (巻第十九、二十) 大伴家持

万葉集 巻第十九 大伴家持(オオトモノヤカモチ)うらうらに照れる春日(はるひ)にひばり上がり心悲(かな)しもひとりし思へば(大意)春の眩しいひかり、空高くかけのぼるヒバリの声、ひとりかなしいこころ音調も飛翔するよう。urauraひかりゆらめき。hibariとagariは舞い上がる明るいアaが主音。下の句は転じ内省するオo音が重なるこころ かなしも ひとりし おもへば kokoro kanashimo hitorishi omoebaメランコリー ゆ...

万葉集の好きな歌 (巻第十五) 狭野弟上娘子

万葉集 巻第十五 狭野弟上娘子 サノノオトカミノオトメ 魂は朝夕にたまふれど我が胸痛し恋の繁きに(訳)たましひはあしたゆふへにたまふれど あがむねいたしこひのしげきに) 意訳、想いは結ばれているけれど、それでも恋しさに胸が痛むのです。万葉集巻第十五 狭野弟上娘我が背子が帰り来まさむ時のため命残さむ忘れたまふな(わがせこ、いのちのこさむ) (意訳)あなたが帰ってくるその時までは命をなんとか残そうとがまんしてい...

万葉集の好きな歌 (巻第十四) 東歌(あずまうた)相聞 作者未詳歌(二)武蔵国歌

万葉集 巻第十四 東歌(あずまうた) 相聞 作者未詳歌武蔵国歌3373多摩川にさらす手作りさらさらになにぞこの子のここだ愛(かな)しきどうしてこんなに好きなんだろう「さ」音「ら」音の光の織物水面流れゆき、「こ」音も優しく「愛し」の二首原文は可奈之、数百年後の平仮名「かなし」です多摩川に  tAmAgAwAniさらす  SARASuさらさらに  SARASARAniなにぞ この子のここだnAnizO KOnOKOnO KOKOdA愛しき  KAnNAsiKi音調のと...

万葉集の好きな歌 (巻第十四) 東歌(あずまうた)相聞 作者未詳歌(一)相模国歌

万葉集 巻第十四 東歌(あずまうた)相聞 作者未詳歌相模道(さがみじ)のよろぎの浜の真砂(まなご)なす子らは愛(かな)しく思はるるかも相模国歌3372真っ白な砂浜のような、あの子がかなしく想はずにいられない潮騒につつまれ輝く白浜に愛する女性、「な」の波音「るる」の響きがやわらかです。相模 sAgAmi浜の真砂なすhAmAnomAnAgonAsu愛しkAnAsi「まなご」は上代の読み。音調は、明るく解放的な響きの子音の「Aあ」が、波頭のよ...

万葉集の好きな歌 (巻第十三) 作者未詳 長歌(三)

万葉集 巻第十三 相聞 作者未詳 長歌 3289 初二句略蓮葉(はちすば)に 溜まれる水の ゆくへなみ 我(わ)がする時に 逢ふべしと 逢ひたる君を ない寝そと 母聞こせども 吾(あ)が心 清すみの池の 池の底 吾(あ)れは忘れじ ただに逢ふまでに(訳)蓮の葉の水玉のように、行方にとまどっていた私、どこからか告げられた逢う運命なのだという心の声にお逢いしたあなた、なのに寝てはいけないと母は言うけれど、私の心は...

万葉集の好きな歌 (巻第十三) 作者未詳 長歌(二)

万葉集 巻第十三  作者未詳 長歌 (冒頭四句略)朝なぎに 満ち来る潮の 夕なぎに 寄せ来る波の その潮の いやますますに その波の いやしくしくに わぎ妹子に 恋ひつつ来れば あごの海の 荒磯の上に 浜菜摘む 海人おとめらが うなげる ひれも照るがに 手に巻ける 玉もゆららに 白たえの 袖振る見えつ 相思ふらしも(大意)海人の少女たちが、首にかけた布も照り輝くばかりに、手に巻いた玉もゆらら鳴るば...

万葉集の好きな歌 (巻第十三) 作者未詳 長歌(一)

万葉集巻第十三3223 作者未詳 長歌 (後半)みづ枝さす 秋の黄葉(もみぢば) まき持てる 小鈴もゆらに たわや女(め)に われはあれども 引きよぢて 峯もとををに ふさ手(た)折り われは持ちてゆく 君がかざしに(大意)枝いっぱいの秋のモミジを、手に巻いた小さな鈴もゆらと鳴らしてわたしはか弱い女だけれどモミジいっぱいの枝を折りとり持ってゆきます。あなたの髪飾りにしたくて。反歌 3224ひとりのみ見れば恋染(...

万葉集の好きな歌 山部赤人

万葉集巻第三、山部赤人ヤマベノアカヒト318田子の浦ゆうち出(い)でて見れば真白(ましろ)にぞ富士の高嶺に雪は降りけるうち出でて:視界の開けたところに出てみると「真白」ましろ、という言葉がとても鮮明で美しく、感動が響き。「雪」という語も、万葉の時代から愛され続け。山部赤人の好きな歌もう一首万葉集巻第八1424春の野にすみれ摘みにと来(こ)しわれそ野をなつかしみ一夜(ひとよ)寝にける野を「なつかしみ」という詩句が...

万葉集の好きな歌 (巻第十二) 作者未詳

万葉集巻第十二、寄物陳思、作者未詳歌3041朝な朝(さ)な草の上(うへ)白く置く露の消(け)なばともにと言ひし君はも朝ごとに草葉の上に白々と置く露がはかなく消えるように、「消えてしまうなら一緒にね」と、私に言って下さったあの方は、ああ。 (伊藤博訳、角川ソフィア文庫)限られた文字数、音数音律での素朴な表現であるからこそ、純粋さとイメージの豊かさと象徴性と静かな音楽が心に美しく生まれる、和歌らしい和歌。和歌と人...

万葉集の好きな歌 (巻第十一) 柿本人麻呂歌集

万葉集巻第十一 正述心緒 2392 柿本人麻呂歌集なかなかに見ずあらましを相見(あひみ)てゆ恋(こひ)しき心まして思ほゆなまじっか逢わなければよかったものを。逢ってからというもの恋しさが増して仕方がない。(伊藤博訳、角川ソフィア文庫)正述心緒は恋心そのままのポエムで好きです。万葉集巻第十一2427、寄物陳思、柿本人麻呂歌集宇治川の瀬々(せぜ)のしき波しくしくに妹(いも)は心に乗りにけるかも宇治川のあちこちの瀬ごとに...

万葉集の好きな歌 (巻第十) 作者未詳

万葉集巻第十2177、山を詠む  作者未詳春は萌(も)え夏は緑に紅(くれない)のまだらに見ゆる秋の山かも(後半意訳)いまは秋、紅に、淡く濃く彩られ、なんてきれいな山なんだろう原文の漢字も、「緑」、「紅」、季節の水彩画のよう。万葉集巻第十2291 作者未詳朝咲き夕は消ぬる月草の消ぬべき恋も我れはするかもあしたさきゆうへはけぬるつきくさのけぬべきこいもあれはするかも※「月草ツキクサ」は、「露草ツユクサ」。上代、「夕」...

万葉集の好きな歌 (巻第八) 額田王

万葉集巻第八、秋相聞、額田王ヌカタノオホキミ1606君待つと吾(あ)が恋ひをれば我(わ)が宿の簾(すだれ)動かし秋の風吹く現代訳キミがいまこの部屋に来てくれないかと、切なく恋い焦がれていると、ドアちかくのレースを揺らしてキミが、秋の風が吹く恋の歌、愛の歌は、心に響きます。...

万葉集の好きな歌 (巻七) 柿本人麻呂

万葉集巻第七1068、柿本人麻呂天(あめ)の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ天空の海に白雲の波が立って、月の舟が、星の林の中に、今しも漕ぎ隠れて行く。[伊藤博訳、角川ソフィア文庫]天海丹 雲之波立 月船 星之林丹 榜隠所見[原文 新校注萬葉集 和泉書院]人麿の、壮大でファンタジックな美しい歌。天 海 雲 波 月 船 星 林 象形文字、表意文字として個々の字の形に意味とイメージを宿す漢字ならではの特徴が、夜空に散り...

万葉集の好きな歌 (巻五) 山上憶良 飛び立ちかねつ

万葉集巻第五、山上憶良世の中をうしとやさしとおもへども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば(訳)この世の中、こんな所はいやな所、身も細るような所と思う次第でありますが、捨ててどこかへ飛び去るわけにもゆきません。私ども人間は、しょせん鳥ではありませんので。(角川ソフィア文庫、伊藤博)万葉集巻第五、山上憶良すべもなく苦しくあれば出(い)で走り去(い)ななと思へどこらに障(さや)りぬ(訳)なすすべもなく苦しくてたまらな...

万葉集の好きな歌 (巻五) 山上憶良とサッポオ

万葉集巻第五山上憶良ヤマノウエオクラ904男子(をのこ)名は古日(ふるひ)に恋ふる歌三首(九句目から)(あ)が子古日は 明星(あかぼし)の 明くる朝(あした)は しきたへの 床(とこ)の辺(へ)去らず 立てれども 居(を)れども ともに戯(たはぶ)れ 夕星(ゆふつづ)の 夕(ゆふべ)になれば いざ寝よと 手をたづさわり 父母(ちちはは)も うへはなさかり さきくさの 中(なか)にを寝むと 愛(うつく)しく しが語らへば(略)夕...

万葉集の好きな歌 (巻四) 安都扉娘子

万葉集巻第四、安都扉娘子アトノトビラヲトメみ空行く月の光にただ一目相見し人の夢(いめ)にし見ゆる(角川ソフィア文庫、伊藤博訳)天空をわたる月の光の中でたった一目だけ見た人、そのお方の姿が夢の中にはっきり見えました。現か幻か、恋の想いが夢に溶けとても美しい歌万葉集巻第四710みそらゆくつきのひかりにただひとめあひみしひとのいめにしみゆるmisorayuku tukinohikarini tadahitome ahimisihitono imenisimiyuru 母音...

万葉集の好きな歌 (巻四) 笠女郎

万葉集巻第四、笠女郎カサノイラツメ我(わ)が宿の夕蔭草(ゆふかげくさ)の白露の消(け)ぬがにもとな思ほゆるかもわが家の庭の夕光に照りはえる草に置く白露のように今にもきえいるばかりに、むしょうにあの方のことが思われる(角川ソフィア文庫、伊藤博訳)音とイメージが溶け美しい歌万葉集巻第四、カサノイラツメ伊勢の海の磯もとどろに寄する波畏(かしこ)き人に恋ひわたるかも源実朝は万葉集に学んだのでおそらく、この歌の飛沫を...

万葉集の好きな歌 (巻二) 大伯皇女の挽歌

万葉集巻第二 挽歌大伯皇女 オホクノヒメミコ見まく欲(ほ)り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに(訳)逢いたいと願う弟もこの世にいないのにどうして帰ってきたのでしょう。馬が疲れるだけだったのにうつそみの人にある我れや明日(あす)よりは二上(ふたかみ)山を弟背(いろせ)と我れ見む(訳)現世の人である私、明日からは二上山を弟としてずっと見つづけよう磯の上に生ふる馬酔木(あしび)を手折(たお)らめど見すべき...

万葉集の好きな歌 (巻二) 柿本人麻呂

万葉集、巻第二、相聞。この長歌と反歌はなんど読んでも心に響きます。柿本人麿。【長歌 最終部】夏草の 思ひ萎(しな)えて 偲ふらむ 妹(いも)が門(かど)見む 靡(なび)け この山(訳)強い日差しで萎んでしまう夏草のようにしょんぼりして私を偲んでいるであろう、そのいとしい子の門を見たい。邪魔だ、靡いてしまえ、この山よ。【反歌二首目】笹(ささ)の葉はみやまもさやにさやげども我れは妹(いも)思ふ別れ来(き)ぬれば(訳)笹の...

万葉集の好きな歌 (巻二) 大伯皇女 石川郎女

万葉集巻二、相聞。人を強く思う歌ほど心に響くものはないと教えられ。永遠の別れ大伯皇女 オホクノヒメミコふたりゆけどゆき過ぎかたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ(訳)二人で歩を運んでも寂しく行き過ぎにくい暗い秋山なのに、その山を、今頃君はどのようにしてただ一人で越えていることでしょう。愛の返歌石川郎女 イシカハノイラツメ我(あ)を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを(訳)私をお待ち下...

万葉集の好きな歌 (万葉集巻一)柿本人麻呂

図書館で、万葉集の花の本を見つけて数冊借りました。うた、ことばと、写真と絵がささやきあう、野の花のような。和歌の花は桜になりすぎましたが、桜は私も好きですが、いろんな花の名と表情はみんなちがってきれいで、話をしたくなります。万葉の花のいろんな本をずっと読んでいますが、河原で、秋の七草の、葛(くず)の花を見つけました。うれしく思います。すこし紫がかったピンクが空へ、夕焼けに染め上げられる空へのぴ、きれ...

Appendix

プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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