室町時代の歌謡の主流だった小歌《こうた》集の
『閑吟集《かんぎんしゅう》』と『宗安小歌集《そうあんこうたしゅう》』を聴きとっています。室町小歌の心の表現の新しさについて前回次のように考えました。
① 庶民の日常の生活での会話、肉声が聞こえ、顔の表情が見えること。(語りかけの語尾の・・・・なう、など)。
② 和歌に欠けがちだったユーモア、滑稽感、卑俗さといった感情が吐き出された歌があること
③ それまでなかった音のあざやかな表現。(からりころり。ちろり、など)。
二回に分けて、私の心に響いた好きな歌を選び出し咲かせています。(ただし他の回に引用する小歌との重複は避けました)。
どの歌も室町小歌の良さである上述の特徴のどれかを響かせていますので、私が感じとれたことを、原文に続け、☆印のあとに記します。出典は、
『新潮日本古典集成 閑吟集 宗安小歌集』(北川忠彦:校注・訳)です。
今回は『閑吟集』の五首と『宗安小歌集』の十首を心に響かせます。
●『閑吟集』申したやなう、申したやなう 身が身であらうには、申したやなう (233)
☆「申したやなう」と一番言いたいことを、そのまま吐き出し、くどいほど繰り返し、歌謡らしい。
【訳】胸に秘めた思いを打ち明けたい。私がそれ相応の身分だったなら、あの方にすぐにでもそれを打ち明けるのだが。
あまりの言葉のかけたさに あれ見さいなう 空行く雲の早さよ (235)
☆「あれ見さいなう」の、恋人への一言で、鮮やかに情景が浮かび、とてもさわやか。
【訳】ただもう声をかけたいばっかりに、「ほらごらんよ、空を翔(かけ)る雲の速いこと」。
つぼいなう、青裳(せいしやう) つぼいなう、つぼや 寝もせいで、睡(ねむ)かるらう (281)
☆青裳は合歓(ねむ)の木のこと。恋人への情愛があふれ、あたたかい。
【訳】可愛(かわい)いなあ、合歓(ねむ)の木のようなお前。それにしてもかわいそうに、昨夜ろくろく寝もしないで。さぞ眠かろう、目もすぼんでるよ。
いとほしうて 見れば、なほまたいとほし いそいそ解かい、竹垣(たけがき)の緒(を) (283)
☆心のままの歌。「いとほし」と生の言葉を響かせるのが歌。万葉集の「正述心緒」につながっている世界。
【訳】愛する彼氏、逢えばなお愛(いと)しい。うきうきとした心で解きに行きましょう、竹垣の扉を結んだ紐(ひも)を。
来(こ)し片(かた)より今の世までも 絶えせぬものは 恋といへる曲者(くせもの) げに恋は曲者、曲者かな 身はさらさらさら さら、さらさら 更(さら)に恋こそ寝られぬ (295)
☆今の歌謡曲のよう。「さらさら」の音を楽しんでいるのも謡物(うたいもの)らしい。
【訳】はるか昔から今の世までも絶えないものは、あの恋という曲者だ。どんな関所もくぐり抜けてしまう。まったく恋は曲者。その曲者にとり憑(つ)かれた私は、さらさまったく寝ることすら叶(かな)わぬ。
●『宗安小歌集』そと締めて給ふれなう 手跡(てあと)の終(つひ)に顕(あらは)るる (25)
☆前出の『閑吟集』(91)に似通う心情をよりやわらかにささやくような、吐息をはきかけられるような歌。
【訳】抱き締めるならやんわりと抱いて。あまり強いと手跡がついて、ついには人に知られるもとになるから。
椋(むく)の枕に、はらはらほろほろと 別れを慕ふ、涙よの、涙よの (40)
☆前出の『閑吟集』(182)に似通う。「はらはらほろほろ」が心地よい。全体は整った分、情感が薄れている。
【訳】
椋の枕の上にその落葉のようにはらはらほろほろと、別れを悲しむ涙が落ちることだ。
梅は匂いよ、花は紅(くれない) 人は心 (46)
☆短い言葉に、共感をよびおこす呼びかけの声を感じる。
【訳】梅は匂い、桜は色が大切だが、人はそれにも増して心が第一。
身は浮舟、浮かれ候(そろ) 引くに任せて寄るぞ嬉しき (66)
☆嬉しきというところが室町小歌。『源氏物語』の浮舟の嘆きとの違いが際立つ。どちらの心も嘘ではない。
【訳】私は浮舟のようなもの。浮いて浮かれて人の意のままに、岸辺ならぬその人のもとへ喜んで身を寄せることよ。
ただ今日よなう 明日(あす)をも知らぬ身なれば (93)
☆「ただ今日よなう」という短い詠嘆。心に伝わる感情の強弱は、言葉の長短にはよらないことを感じる。
【訳】ひたすら今日を生きることが第一。明日のことは知れぬ我が身なんだから。
目もとに迷ふに、弓矢八幡(ゆみやはちまん) ずんど勝(すぐ)れた、ほろり迷うた (104)
☆「ずんど」の重みから、「ほろり」の軽(かろ)みへの響きの変化が心地よく明るい歌。
【訳】あの女(こ)の目もとにすっかり魅せられた。他には比べようもない抜群の魅力。すっかり参った。
取り寄りや愛(いと)し 手繰(たぐ)り寄りや愛し 糸より細い腰締むれば、いとどなほ愛し (123)
☆心ふるわせる愛の良い歌。「いと」と「し」の音の反覆と流れの美しい音楽。
【訳】引き寄せても手繰り寄せても可愛(かわい)い。ましてより糸よりも細い腰に寄り添い、その腰を抱き締めた感じといったら……。
十七八は早川(はやかは)の鮎(あゆ)候(ぞろ) 寄せて寄せて堰(せ)き寄せて、探(さぐ)らいなう お手で探らいなう (134)
☆若さと性愛を、清流の鮎の比喩で歌っているので、清らかなイメージが浮かぶ。
【訳】十七、八の娘というのは、早い流れを泳ぐ若鮎のようなもの。流れをせき止めてこちらへ引き寄せ、ぐっと手を伸ばしてつかまえようよ。
浦が鳴るはなう 憂き人の舟かと思うて、走り出て見たれば いやよなう 波の打つ うつつ波の打つよの (165)
☆「うつつ波」に「うつつ無み」、正気でないほどとの意味を重ねる。主音の「う」のくり返しが波うつ心を音象している良い歌。
【訳】海岸のほうがどよめく。あの人の舟が戻って来たのかと思って走り出てみたら、あらいやだ、波の打つ音だった。私の心をかき立てる波の立つ音だった。
君待ちて待ちかねて 定番鐘(ぢやうばんがね)のその下(した)でなう ぢだだ、ぢだだ、ぢだぢだを踏む (174)
☆「ぢだ」の独特な強い響きが心に残る。
【訳】あなたを待っても待っても来ないので、待ちあぐんで定番鐘の下で、いらいらしながら足をばたばたさせているのよ。
出典:「解説 室町小歌の世界―俗と雅の交錯」『新潮日本古典集成 閑吟集 宗安小歌集』(校注・北川忠彦、1982年、新潮社)*読みやすいよう、ふりがな、数字、記号、改行などの表記を変えた箇所があります。( )内の数字は出典の歌番号です。
- 関連記事
-
コメントの投稿