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永方ゆか『ものさびしの、ハナ』。詩って、ほんとはなんだろ? (二)

 今回から、標題のテーマ「詩って、ほんとうはなんだろ?」について、4冊の詩集の作品を感じとりながら考えていきます。
 最初にとりあげる詩集は、詩人・永方ゆか(ながえゆか)さんの『ものさびしの、ハナ』(2012年3月11日、土曜美術社出版販売)です。
 発売日が私の新しい詩集『こころうた こころ絵ほん』と同じ日、東日本大震災から一年目の鎮魂の日です。同じ思いで詩集をだされた詩人、私よりずっと若い詩人の存在を知りました。永方さんは詩集の売り上げは被災地に届けたいとの意思を持たれていらっしゃいます。被災地へのボランティアにも参加されたそうです。購入して読んでみました。

 東日本大震災のあと生まれ出た多くの詩について、現代詩人の荒川洋治が「詩の被災」だと批判しています。私は逆に、彼が書いてきたような「現代詩」のとても偏狭な嗜好に過ぎない視野にはとても収まらない、豊かな「詩」の世界全体を、彼があたかも俯瞰し代表しているようにしゃべるのはとても傲慢だと感じます。彼の詩集『水駅』は読みましたが虚しくなりました。「現代詩」の貧しさの典型だと私は感じます。
 被災の困難をくぐりぬけてそれでも失われない詩心、芽吹いた詩を見つけ見つめ伝えるのが詩人にできることではないでしょうか。できないなら黙っていればいいと思います。

 わき道から戻ります。上述のようにしてこの詩集『ものさびしの、ハナ』と出会いましたが、読んで終わりにせずにここに書きたいと私が考えたのは、詩心を感じ感動する、私が好きな、読み返したい詩集だったからです。この詩集には前回記した、詩の本質、詩になくてはならない大切なものが息をしています。

 (ホームページの「好きな詩・伝えたい花」でも3篇の詩をご紹介させて頂きました。☆リンク:詩人・永方ゆかさんの詩)。

① なぜ書くのか?
 永方ゆかさんは、心ゆたかな、日本語を大切にし、歌うことができる、抒情詩人だと感じます。社会についての硬質な批評を核とする詩人ではないようです。それでもこの詩集が生まれたのは、被災した方々と同じ時間いる人間の一人として、自分をヨソモノと自覚しながらも、深い「痛み」を感じて、書かずにはいられなかったからだと思います。

 詩集の「序」の冒頭の言葉を引用します。

 「あの荒波は、安らいで日々を過ごしていた人々の身に、どんなにやにわで、おそろしかったでしょうか。ましてや野山や海のウラハラさをしっかり心にとどめて、懸命に構えて日々を送っていたのに、それでもかなわなかった人の話などを聞くとたまらず、やりきれない気持ちになります。寄せる心の先が喪われた悲しさ寂しさを、どうぞともに悼ませていただきたいということを、まずお願いしたいと思います。(略)」。

② なにを書くのか?
 書かずにはいられない思いと向き合い言葉を探しながら、詩人は生きる意味を、死を見つめ問いかけずにいられません。
 抒情詩人は自らの詩心を深く見つめるとき同時に、ともに生きている人たちの思い、心と交感します。そのとき詩人の言葉はあくまで個人の視点に立ち個人の心を表現しながらも、社会性を帯びた声となります。

 永方さんの繊細な感性がふるえる言葉には、悲しんでいる方々を思う気持ちの強さと偽りなさが響いているから、私の心は自然に木魂せずにはいられません。

 詩心は、愛、思いやり、人情と、感情の水源でつながり揺れている泉です。ですから、センチメンタルであり、感情ゆたかであることは、詩にとって本来的なこと、とても大切なことだと、私は考えています。
 センチメンタルな要素を否定し排斥し、乾いた知性によるカチコチの散文の連なりを良いとする「現代詩人」は、詩歌のゆたかさをほとんど見失っていると私は思います。

 永方さんの詩「ワタツミノコ」にゆれうごく感情はとても豊かに揺れ動きます。読者が自分の心の声のようにも感じてしまう、深い思いの込められた表現、美しい詩です。☆リンク:詩「ワタツミノコ」。
 詩「そういうことじゃ、ないのだ。」の詩句「涙が /ぽろり、こぼれるじゃないか。」や、詩「おふね」にもこの特徴があらわれていて私は共感します。

④ どのように書くのか?
 永方さんの詩は、美しい歌だと感じます。そのように感じるのは、この作者が、日本語の個性を表現に生かそうと試みているからです。それができるのは彼女が日本文学のゆたかな伝統で培われた言葉と心の表現を好きであり、学んでいるからだと思います。

 彼女の詩の、リズム、詩句のくりかえしは、詩が言葉の歌であるうえで欠かせないものです。中原中也や宮澤賢治の詩が歌であるのは、彼らがこのことを意識して創作しているからです。永方さんの言葉の響きには彼らの詩ととても通い合う歌を私は感じます。
(多くの現代詩は歌うことをやめ散文化しました。そのことが詩歌をとても貧弱にしています)。

 彼女の、言葉の響き、語の音、韻、強弱への感性、言葉の選び方、言葉のかたちへの意識、ひらがな・漢字・カタカナの織り交ぜかた、詩連の並べ方も、作為性を残さないけれども、とてもきめこまかく、日本語の調べを生かしていて優れていると感じます。

 詩「いわてやま、きたかみがわ」は、言葉による美しい歌、詩歌そのものだと私は感じます。この詩の音楽から私は、高村光太郎の『智恵子抄』の好きな詩「人に」の「いやなんです/あなたのいつてしまふのが―」との木魂を聴きとりました。☆リンク:詩「いわてやま、きたかみがわ」。

 詩「ゆきのふる。」の詩句「ほ、ほ、ほ。」や「ひっそり、/ほろふり。/ふりつもり」といった語感。
 詩「ヨソモノのウタ」の詩句、詩連が織りなしていくリズムにも、彼女の作品が詩歌であることを強く感じ共感します。

 詩「たまもの」では本歌取りを試みていることもよいと私は思います。詩は和歌が培ってきた掛け言葉や縁語などの言葉の技法を工夫してもっと生かせばよいと私は考えています。

⑤ 何より大切なこと
 最後に、何よりも良い詩であるうえで、私が大切だと思い、永方さんの詩を生かしているのは、次のことです。詩によって、心を伝えようとしていること。言い換えれば、言葉の意味を捨てていないことです。

 詩にとって、詩語の、詩句の、詩連の、詩そのものの、意味はいのちです。それらの意味の結合と流れの変化と反発と断絶と照応が織りあげる意味がいのちです。意味は、言葉の芸術表現である文学の、鼓動、息を生み出すものです。
(逆に言うと「現代詩」の悪い典型は、意味を捨てた暗喩遊戯、ばらばらの意味をなさない詩語と暗喩の積み木、知的パズルで死んでいて、読むと虚しさが後味悪く残ります。)

 言葉の意味といういのちを、言葉の響きと文字の形と心象と共に、できうるかぎり美しく豊かな作品にまで織りあげることによって、詩は、心を、感動を伝えることができる芸術です。
  
 詩「ものさびしの、ハナ」の願いの響きはとても澄んでいて心を打たれます。☆リンク:詩「ものさびしの、ハナ」。

 詩「アリガトウのかなし―岩手県野田村」、詩「聞えるか」にも、彼女の思いがとても強く響いていて、私の心が木魂します。

 このような優しい抒情ゆたかな詩歌による鎮魂の花束、永方さんの詩集『ものさびしの、ハナ』が、詩を好きな方、詩心を歌を求めている方の心に届き、木魂することを、私は心から願います。

 
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』は2012年3月11日イーフェニックスから発売されました。A5判並製192頁、定価2100円(消費税込)です。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
 ☆ こちらの本屋さんは店頭に咲かせてくださっています。
 八重洲ブックセンター本店、丸善丸の内本店、書泉グランデ、紀伊国屋書店新宿南店、三省堂書店新宿西口店、早稲田大学生協コーププラザブックセンター、あゆみBOOKS早稲田店、ジュンク堂書店池袋本店、紀伊国屋書店渋谷店、リブロ吉祥寺店、紀伊国屋書店吉祥寺東急店、オリオン書房ノルテ店、オリオン書房ルミネ店、丸善多摩センター店、くまざわ書店桜ケ丘店、有隣堂新百合ヶ丘エルミロード店など。
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[T7] まとめtyaiました【永方ゆか『ものさびしの、ハナ』。詩って、ほんとはなんだろ? (二)】

 今回から、標題のテーマ「詩って、ほんとうはなんだろ?」について、4冊の詩集の作品を感じとりながら考えていきます。 最初にとりあげる詩集は、詩人・永方ゆか(ながえゆか)さんの『ものさびしの、ハナ』(2012年3月11日、土曜美術社出版販売)です。 発売日が私の新...

コメント

[C41] 永方ゆかさんの詩を拝読しました

詩にたいする思いだけでなく、
リンクまで張っていただき、拝読することが叶い
とても嬉しかったです

「ものさびしの ハナ」など
心が震える抒情に溢れる詩の世界に共感を覚えます

また、記事を書かれる上での
高畑さんの知識の広さに驚きました
  • 2012-05-21 22:04
  • 渡邉裕美
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  • 編集

[C42] Re: 永方ゆかさんの詩を拝読しました

渡邉裕美様

こんにちは。コメントありがとうございます。
私も渡邉さんの絵の、線の繊細さや、色合いの溶け具合、沁みてゆく美しさに、とても新鮮に感動します。
これからも良い絵と言葉を伝えてくださいね。

> 詩にたいする思いだけでなく、
> リンクまで張っていただき、拝読することが叶い
> とても嬉しかったです
>
> 「ものさびしの ハナ」など
> 心が震える抒情に溢れる詩の世界に共感を覚えます
>
> また、記事を書かれる上での
> 高畑さんの知識の広さに驚きました
  • 2012-05-21 22:15
  • 高畑耕治
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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