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高田敏子の詩(三)。愛(いと)しく思う。

 『高田敏子詩集』(新川和江編、1997年、花神社)には、こころやさしい花が風にゆれていて、みつめながら、こころが揺れ動きます。

 略歴や収録作品から、高田敏子は詩人としての出発点では、男性詩人からモダニズムを学び、現代詩らしい詩を作っています。現代詩はそのまま難解な言語遊びの独りよがりな迷路に迷い込んでいますが、彼女はその動きに巻き込まれることをよしとせず、詩壇を離れ、現代詩壇、現代詩人の楽屋評価は気にせず、彼女の個性ありのままの詩、書きたい詩、伝えたい詩を書く道を選び取りました。
 心に強い詩人としての芯をもっていなければできないことです。信じる表現を選んだから、彼女は多くの読者に詩を届けることができたのだと思います。私は彼女をとても敬愛します。

 愛の歌、そして子ども心の歌、やわらかなやさしい言葉のこの詩人本来の詩を読んできました。彼女にはこれ以外に、厳しい時代を生き抜いた人間だけが語れる詩があります。

 「静かに訪れて」、「ダガンダガンは何故蒔かれたか」、「壕の中―サイパン―」、「手の記憶」、「盧溝橋」。これらの戦争と社会、時代を見つめた作品でも、詩人である彼女は、ひとりひとりのいのちを感じ取ろうとし、喜びと悲しみ、愛しさや無念、人の思いを言葉にします。心うたれる静かな、うそではない言葉で、ほんとのことを。

 詩集『むらさきの花』初出の一篇です。


  
        高田敏子


スミレの花に生まれればよかった と
娘は いった
昼も夜も土の壕にひそんでいた日

花はこわくないのね
爆撃のあとの畑に
ニラの花は白くすずしく立って咲いていた

娘の名はスミエ
その名を呼ばれる度に娘は「スミレ」と聞いていたのだろう

なぜ 花になれないの?

幼い娘の問いに 私は
花になれない人間の
爆撃に飛び散るときの肉の重みを思っていた

娘はいま二人の子の母になって
ケーキを焼いている
バターは何グラム
おさとうは何グラム
その目盛りを正確に計ることに心を集めている
私はまだ あの重みを思っている
私が見てしまった肉片の重み
そして私がこの家から運び出されるときの重みも
ケーキにはバターも 砂糖も
たっぷりと入っていて
入りすぎて味が少し落ちたのではないかと
娘は首をかしげている
これでいいかしら? おいしいかしら?

そんな娘を私は愛しく思う
人はいつも死に向いあっている必要はないのだから
暗い淵ばかりを見つめていることもないのだから

それにしても ケーキの味の良し悪しを
私に問いかける娘の不安な表情は
あの幼い日のまま
花になりたかったときと同じなのだ
そんな娘を 私は愛しいと思う


 こころには時がふりつもっていること、いのちは時を越えて重なるように流れていることを、教えてくれる詩です。ひととしての思いがとてもゆたかだから、詩の時間につつまれるような気持ちになります。

 「人はいつも死に向いあっている必要はないのだから/暗い淵ばかりを見つめていることもないのだから」という優しく言い聞かせるような言葉と、「私は愛しいと思う」くりかえされるこの静かな思いがこころに消えず響き続けます。

  この敬愛する詩人と、とても好きな詩の花と、ともに咲いていたいと、願う気持ちを咲かせます。
   詩花はどこに いったの?高畑耕治『詩集 こころうたこころ絵ほん』所収)。

 次回以降も、女性の詩人と詩を感じ取っていきます。

 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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