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石垣りんの詩。不出来な絵、不出来な詩が好き。

 女性の詩人と詩をゆっくり読み進めてゆきます。
 今回は石垣りん(いしがきりん、1920年-2004年)です。
 ようやく読み終えた『現代日本文学大系93 現代詩集』(1973年、筑摩書房)は代表的な現代詩人の詩集が収録されていますが、女性の詩人は石垣りん、ただひとり、詩集『表札など』だけです。
 このことが彼女の作品についての詩壇的な評価のありかを教えてくれます。わたしは良く知られた詩「シジミ」だけしか読んだことがありませんでしたが、今回『石垣りん詩集』(1998年、ハルキ文庫。底本『石垣りん文庫』花神社)も読みました。

 率直な感想を記すと、私は第一詩集の『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』の収録詩が好きで、それ以降の『表札など』の作品より良い詩だと思います。現代詩として評価されたのは、それだけ詩歌としての本来のゆたかさをそぎ落とした結果だとも感じるからです。
 表現は知的に研ぎ澄まされ構築されていますが、失ったもののほうが大きいと感じるのは、私が現代詩の良い読者ではないからだとも思います。

 詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』には、共感してしまう、心うたれる、次のような詩と詩句があります。彼女は、戦争という時代と、戦前の「家」で女性が押付けられていた過酷な立場を、幼児から青春期にまともに浴びて、女ひとり働き家族をささえ戦後も耐えて生き抜いた人です。その肉声がこの詩集のたとえばつぎのような言葉にとても強く響いています。
詩「屋根」の2連「その屋根の低さが/私の背中にのしかかる。」、
詩「貧乏」の最終連1行目「このやりきれない記憶が」、
詩「夫婦」の7連目「夫婦というものの/ああ、何と顔をそむけたくなるうとましさ/愛というものの/なんと、たとえようもない醜悪さ」、
詩「私はこの頃」の3連「これはいのちあるものの/やがては滅びゆくものに与えられたいのちの真っ盛り」、
詩「その夜」の4連「ああ疲れた/ほんとうに疲れた」

 この詩集には、「不出来な絵」という詩があって、たぶん現代詩としては評価されにくい、巧くない下手だと評される作品だと思います。
 でも私は彼女がなぜ詩を書いたか、何を詩にこめたか、が伝わってくる良い詩だと思います。詩人には評価されなかっただろうけれど、彼女がこの詩を捨てずに詩集に残したのは、詩人としての初心が描かれていてふかい愛着があったのだろうと感じます。


  不出来な絵
        石垣りん


この絵を貴方(あなた)にさしあげます

下手ですが
心をこめて描きました

向こうに見える一本の道
あそこに
私の思いが通っております。

その向こうに展(ひら)けた空
うす紫とバラ色の
あれは私の見た空、美しい空

それらをささえる湖と
湖につき出た青い岬
すべて私が見、心に抱き
そして愛した風景

あまりに不出来なこの絵を
はずかしいと思えばとても上げられない
けれど貴方は欲しい、と言われる

下手だからいやですと
言い張ってみたものの
そんな依怙地(いこぢ)さを通してきたのが
いま迄の私であったように
ふと、思われ
それでさしあげる気になりました

そうです
下手だからみっともないという
それは世間体
遠慮や見得(みえ)のまじり合い
そのかげで
私はひそかに
でも愛している
自分が描いた
その対象になったものを
ことごとく愛している
と、きっぱり思っているのです

これもどうやら
私の過去を思わせる
この絵の風景に日暮れがやってきても
この絵の風景に冬がきて
木々が裸になったとしても
ああ、愛している
まだ愛している
と、思うのです
それだけ、それっきり

不出来な私の過去のように
下手ですが精一ぱい
心をこめて描きました。


 現代詩壇に評価された詩集『表札など』の詩からは、第一詩集のこの詩ような感性と心を吐露するような詩は姿を消しています。知性と批評性の鋭敏さが前面に出て、また言葉を削り、行間で語らせる、複数の解釈を可能とする暗喩を混ぜた現代詩らしい作品群です。一読者としての私にとっては、こころ打たれる詩ではないので、あまり好きではありません。
 ただ、次の詩は第一詩集にこめたものを、一篇の詩に凝縮し、昇華したような、厳しく言葉を選んだ美しさがあります。表現の仕方は変わっても、やはり、生き抜いた人間だけが語れるものが光っています。
 この詩人の生きざまをとおしてこの詩人だからこそ書けた、強く心に響き心に残る良い詩だと思います。

  くらし
        石垣りん


食わずには生きてゆけない。
メシを
野菜を
肉を
空気を
光を
水を
親を
きょうだいを
師を
金もこころも
食わずには生きてこれなかった。
ふくれた腹をかかえ
口をぬぐえば
台所に散らばっている
にんじんのしっぽ
鳥の骨
父のはらわた
四十の日暮れ
私の目にはじめてあふれる獣(けもの)の涙。


 次回も、女性の詩人と詩を見つめます。


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『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同上
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同上
「愛(かな)」1993年同上
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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