出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。
出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。
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岡井隆(おかい・たかし、1928年・昭和3年名古屋市生まれ)。
数多くの歌集を出し意欲的な創作を続けている著名な歌人ですが、私は『現代の短歌 100人の名歌集』にある第一歌集『斉唱』の愛を主題とした抒情歌がいちばんいいと感じ多くを採りました。
あわあわと今湧いている感情をただ愛とのみ言い切るべしや ◆『斉唱』1956年・昭和31年
◎音楽的な歌です。熱い感情をとらえようとした前半部は明るく開かれた母音アA音が主調です。「AwAAwAto imAwAiteiru kAnjyoo tAdAAi」。後半の自問する内容とともに調べも急転し、厳しく閉じられた母音イI音が主調音になっています。「tonomI IIkIrubeSHIya」。恋愛の悩ましい情感をよく浮き出しています。
抱くとき髪に湿りののこりいて美しかりし野の雨を言う ◆
◎女性の髪の湿りの手触りと香りが伝わってくるようです。野の雨の美しさをつげる女性への愛する思いが情感ゆたかな調べを奏でています。離れて四回あらあわあれる「のNO」の音が柔らかな優しい音色を奏でています。
逢えば直ぐ表情をして訴うる片手に棘(とげ)をもつと今宵は ◆
◎この歌の魅力は「表情をして」という詩句にあると感じます。愛する異性の訴えかける表情の微妙さを、この詩句に委ね、読者それぞれのイメージに委ねています。愛の心の機微をとらえていて、いいと感じます。
約しある二人の刻(とき)を予(か)ねて知りて天(てん)の粉雪降らしむるかな ◆
◎愛する者同士が逢える喜びの時間を、祝福して降る粉雪のイメージが美しい歌です。
病む心はついに判らぬものだからただ置きて去る冬の花束 ◆
雨頭巾(フード)の蔭顫う唇を見守りぬいかなる言葉がいまを救い得ん ◆
◎これら二首はどちらも物語性のある歌です。どのような物語をこの三十一文字から展開するかは読者に委ねられています。読者のイメージが織りなす物語のための音楽として言葉のせせらぎが愛を奏でています。
歩みつつ髪束ねいる指の動き見ているときの淡き恥(やさ)しさ ◆
◎「恥しさ」と書いて「やさしさ」と読ませて、「淡き」とつなげて、性の「恥じらい」のあまい細やかな感覚を光らせています。髪を愛しむ女性の指の動きはそれだけで、魅惑的です。愛するひとなら、なおさら、その想いをふるわせています。
雨の谿間(たにま)の小学校の桜花昭和一けたなみだぐましも 『蒼穹(あをぞら)の蜜』1990年・平成2年
◎60歳を過ぎての歌集。「昭和一けた」は思春期、青春時代が戦争真只中の世代です。「桜花」という詩語に、軍歌の「同期のさくら」に象徴される特攻や散華の、悲しい歌が聞こえてきます。「雨の谿間(たにま)」という詩語も「昭和一けた」と木魂して、悲しみの世代を象徴しています。
女とは淡き仮名書きの一行のながるるごとく男捉(とら)へつ
◎この歌人の文字のかたちに対する鋭敏な感性を教えてくれます。「ひらがな」の柔らかな丸みを帯びたかたちを見つめると、女性のからだの優美な曲線が想い浮かび重なって見えます。「女文字」と女性の魅力が美しく奏でられています。
出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)から。
次回も、美しい歌の花をみつめます。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年
3月11日、
イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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