『日本の古典をよむ⑳ おくのほそ道 芭蕉・蕪村・一茶名句集』(2008年、小学館)から、今回は
小林一茶(こばやし・いっさ、1763~1827年)の俳句を今回から三回、見つめます。
注解者は、
丸山一彦(まるやま・かずひこ、宇都宮大学名誉教授)です。一茶の人間性への共感のうえで、音調についても記されていてよいと感じます。
以下、俳句の調べについての注解がある句を中心に選び、私が好きな句を加えました。
注解者の言葉の引用は、注解引用◎、の後に記します。私の言葉は☆印の後に印します。
花さくや目を縫れたる鳥の鳴(はなさくやめをぬはれたるとりのなく)
注解引用◎「目を縫れたる」は、飼いふとらせるために目を縫いつぶし、暗がりに身動きもできぬようにじっとさせているのであろう。(中略)このいたましい鳥たちの背後に、人間の業(ごう)の深さといったものまで見すえている。
☆ 花の明るさと鳥の暗闇、明と暗の対比が強烈な句です。一茶が見据えていたものが、響いてきます。文字数が極めて少なく感情表現を歌えない俳句が、伝えうるものを考えさせられます。
白魚のどつと生るゝおぼろ哉(しらうおのどつとうまるるおぼろかな)
注解引用◎朧夜の青い水の世界での生命の乱舞を描き、幻想的な美しささえ感じさせる句だ。(中略)印象詩としての鮮潔(せんけつ)な美しさを発揮している。
☆ 十七字という短さの流れに大きな抑揚の波を生んでいます。「白魚の」と「シshi音」で静かに低く入り、「どつと生るるDOTTO」で波は一気に高まります。「どっ」ドの濁音と息を詰める「っ」が、とても効いています。「生るるUMARURU」は母音ウU音とRURUの連なりがなめらかな波頭のようです。そして静かに「おぼろかな」へと静まっていきます。調べの美しさとイメージの美しさが溶けあっています。
ゆさゆさと春が行ぞよのべの草(ゆさゆさとはるがゆくぞよのべのくさ)
注解引用◎「ゆさゆさ」は、風にゆすられる草むらの動態を鮮明にとらえており、(後略)。
☆ これも調べの美しい句です。「ゆさゆさ」は繰り返しの響きが軽やかで、「行ぞ」の「ゆYU」音と畳み韻になっています。「はるがゆく」までは、母音のアA音とウU音が口語に奏でられリズム感を生んでいます。「yUsAyUsAto hArUgAyUkU」。続く調べはは転調し、母音オ音によるリズム「ぞよのべのzOyO nObeNO」、最後はリフレインのように母音のアA音とウU音が「kUsA」とこだまします。
柔らから風に草のそよぎが見えるような、明るい気持ちになります。
雪とけて村一ぱいの子ども哉(ゆきとけてむらいっぱいのこどもかな)
注解引用◎「村一ぱい」という表現に、空にはね返るような子供らの喚声が聞こえてくる
☆ 注解の通り、この句のいのち、調べの高まりの波頭は「いっぱいIPPAI」にあります。この波の高まりは最後の「子ども哉KODOMOKANA」まで保たれています。「子どもkOdOmO」の母音オO音は低い音ですが鼓動のようなリズム「オオオ」と意味の明るさが勝ち、波は沈まず、「かなKANA」の明るい響きに喚声が聞こえるようです。とても好きな句です。
痩蛙まけるな一茶是に有(やせがへるまけるないっさこれにあり)
注解引用◎江戸在住当時の、四十を過ぎてもまだ妻帯できず、この性の争闘に目を光らせている一茶の相貌を思い浮かべるとよい。ことさらに諧謔調を弄したところにも、一茶の屈折した心理が感じられる。
☆ 芭蕉の代表句「古池や蛙飛び込む水の音」と並び知られた一茶の代表句。山下一海教授はエッセイで、江戸時代の「カワヅ」と「カエル」の雅と俗の心理的な読み分けを捉えていました。この二句はそれぞれ「カワヅ」、「カエル」でないといけないと感じるものが日本語を母語とする者には確かにあります。
注解者の丸山一彦教授の一茶の心理の屈折についての言葉は鋭いと感じます。性に絡んだやるせなさが、闘い交尾するカエルたちとともに水面に波紋をひろげ、諧謔にまとわりつきたゆたっています。
どんど焼きどんどゝ雪の降りにけり(どんどやきどんどどゆきのふりにけり)
注解引用◎「どんど焼」から「どんど」と続けた頭韻がよくきき、はずみ立つような気分が声調にも生かされている。
☆「どんどど」の音には濁音の重さと強さがあって、太鼓の響きのように頭韻しています。母音「オO」音と「イI」音が交錯しつつ「dOndOyakI dOndOdOyukInO furInIkerI」主調を奏でています。
「焼きYaKI」と「雪YuKI」が響きあい、「降りにけりfurInIkerI」にこだまし、母音イI音が脚韻しています。とても音楽的な句です。
次回も、小林一茶の俳句を見つめます。
出典:『日本の古典をよむ⑳ おくのほそ道 芭蕉・蕪村・一茶名句集』(2008年、小学館) ☆ お知らせ ☆
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