Entries

詩の音楽2作品。萩原朔太郎

 萩原朔太郎の詩論を、「詩を想う」で考えました。彼が独自の言葉で浮びあがらせた日本の詩歌、自由詩の本質は、次の言葉に要約されます。
 「詩の詩たる真の魅力が、音律美を外にしてあり得ない。」
 「自由詩の原理は、日本語の『調べ』という一語の中に尽きる」
 「自由詩は、不規則な散文律によって音楽的な魅力をあたえるところの、一種の有機的構成の韻文である。」
 「有機的な内部律(調べ)とは、言語の構成される母音と子音とから、或る不規則な押韻を踏む方式であり日本の歌の音律美は、全くこの点にかかっている。」

  彼の詩はさまざまな音律美を響かせていますが、特に音楽性だけのために作り、音楽で感じさせる詩、印象の強い2作品を、詩集『定本 青猫』から選びました。詩人としての、作品への強いこだわりが私は好きです。
 詩「黒い風琴」は、リズムも含めたすべてが言葉の音楽そのものです。
 詩「蝶を夢む」は、より静かな調べ、母音と子音とから、或る不規則な押韻を踏んでいる詩です。
 たとえば、次の3行の詩句を朔太郎は、母音と子音の音楽性を奏でる短歌のように歌っています。
   夢はあはれにさびしい秋の夕べの物語       (「u・ゆ」と「a」の押韻を主に流れ、「i」で閉じる調べ)。
   水のほとりにしづみゆく落日と             (「i・し・じ」の押韻を主に流れる調べ )。
   しぜんに腐りゆく古き空家にかんする悲しい物語 (「i」から「u」へ、「u」から「a」の押韻に移り、「i」で閉じる調べ) 。


 黒い風琴

おるがんをお彈きなさい 女のひとよ
あなたは黒い着物をきて
おるがんの前に坐りなさい
あなたの指はおるがんを這ふのです
かるく やさしく しめやかに 雪のふつてゐる音のやうに…………。
おるがんをお彈きなさい 女のひとよ

だれがそこで唱つてゐるの
だれがそこでしんみりと聽いてゐるの。
ああこの眞黒な憂鬱の闇のなかで
べつたりと壁に吸ひついて
おそろしい巨大の風琴を彈くのはだれですか。
宗教のはげしい感情 そのふるへ
けいれんするぱいぷおるがん れくれえむ!
お祈りなさい 病氣のひとよ
おそろしいことはない おそろしい時間(とき)はないのです
お彈きなさい おるがんを
やさしく とうえんに しめやかに
大雪のふりつむときの松葉のやうに
あかるい光彩をなげかけてお彈きなさい
お彈きなさい おるがんを
おるがんをお彈きなさい 女のひとよ。

ああ まつくろのながい着物をきて
しぜんに感情のしづまるまで
あなたはおほきな黒い風琴をお彈きなさい。
おそろしい眞暗の壁の中で
あなたは熱心に身をなげかける
あなた!
ああなんといふはげしく 陰鬱なる感情のけいれんよ


 蝶を夢む

座敷のなかで 大きなあつぼつたい翼(はね)をひろげる
蝶のちひさな 黒い顏とその長い觸手と
紙のやうにひろがる あつぼつたいつばさの重みと
わたしは白い寢床のなかで目をさましてゐる。
しづかにわたしは夢の記憶をたどらうとする
夢はあはれにさびしい秋の夕べの物語
水のほとりにしづみゆく落日と
しぜんに腐りゆく古き空家にかんする悲しい物語。

夢をみながら わたしは幼な兒のやうに泣いてゐた
たよりのない幼な兒の魂が
空家の庭に生える草むらの中で しめつぽいひきがへるのやうに泣いてゐた。
もつともせつない幼な兒の感情が
とほい水邊のうすら明りを戀するやうに思はれた。
ながいながい時間のあひだ わたしは夢をみて泣いてゐたやうだ。

あたらしい座敷のなかで 蝶が翼(はね)をひろげてゐる
白い あつぼつたい 紙のやうな翼(はね)をふるはしてゐる


青空文庫http://www.aozora.gr.jp/)(入力:kompass校正:ちはる)を利用しました。
底本:「萩原朔太郎全集 第二巻」筑摩書房 1976年、底本の親本:「定本青猫」版画荘。

関連記事
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
https://blog.ainoutanoehon.jp/tb.php/57-1fda2377

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

最新記事