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詩人・尼崎安四。どのように詩を創るか。

 詩人の尼崎安四と俳人の山田句塔を中心にエッセイを記してきました。そのまとめとして前回は、尼崎安四の手紙の言葉から、詩とは何か、記しました。

 今回は、尼崎安四を師と仰ぐ詩人・諫川正臣の文章を通して、彼がどのように詩を創作したかを見つめ、創作方法について私の考えを記します。

● 以下、諫川正臣の文章、詩誌「黒豹」119号編集後記からの引用です。

★ 安四は詩を批評する時、真剣な表情になった。一行ごとに、一字一句に到るまで丁寧に検討を加え批評した。
詩の言葉として適切でない場合はその理由を克明に説明し、それには説得力があった。併しどのような言葉で作り直せばよいかという実例は殆んど示さなかった。それは自分で考えよということだ。一度書き上げた作品で詩の言葉として不適切な部分を見出し、適切な言葉に置き換えるという作業を繰り返すことによって試作の力が養われる。自分では適切な言葉になったと思っても、なお思い入れが強いため客観的には不充分であることが多い。
日数を置いて何度も見直し書き直すことによって詩の言葉が会得されるのだと思う。「詩は感動した時に作ったものでないと迫力に欠けるのではないか」と安四に聞いたことがある。すると「詩は心で書くものだから、仕上った時がその人のその時の詩の心だ。何年かかってもいい」とのことであった。安四の「蛇」という詩は、二冊のノートを費し、一年がかりで完成された。書き始めた時の作品とは全く違うものになっていた。その作り変えられていく過程を具に見聞できたことは幸いであった。(略)
(諫川正臣の文章、詩誌「黒豹」引用終わり)●

 この文章には、大きく二つの主題がありますので、それぞれについて、記します。

1 詩の批評と修練

 安四は「真剣な表情」で、「一字一句に到るまで丁寧に検討を加え批評した。」「どのような言葉で作り直せばよいかという実例は殆んど示さなかった。それは自分で考えよということだ。」

 詩に向き合う態度として私は深く共感します。文学のさまざまな表現形式のうち、詩は最も「一字一句」を丁寧に選択することに拘り、創りあげる芸術です。前回記しましたが、言葉で表現できる要素すべてを最大限に生かせるように、詩句を織り上げていくのが詩の創作です。

 作り直す場合の実例を殆ど示さなかった、という姿勢にも私は共感します。言葉を見つけ出していく行為そのものが詩作なのだから詩句を差し出してしまったら、代作をしたことになります。創作過程で作者自らが探し出した詩句にだけある息吹、魂が、与えられた言葉にはありません。

2 詩の心、感動

 「詩は感動した時に作ったものでないと迫力に欠けるのではないか」と安四に聞いたことがある。すると「詩は心で書くものだから、仕上った時がその人のその時の詩の心だ。何年かかってもいい」とのことであった。

 安四のこの創作方法についても、私は深く共感します。詩人それぞれの独自の創作方法で生まれる多様な姿の作品があるのはいいことだと考えていますが、安四のこの言葉には、どのような詩であれ、詩になくてはならないものが語られています。

 「詩は心で書くもの」、そうだと私も思います。そして、「仕上った時がその人のその時の詩の心」、完成の瞬間です。これも創作の真実を伝えてくれていると思います。「何年かかってもいい」、この言葉には拡がりがあります。何年かかかってようやく完成、その詩の心を見出せる作品もあれば、短い時間でその詩の心が現れ完成する作品もあり、そちらも否定はしていません。

 安四が前回紹介した手紙で、第一級の芸術としてリルケの『ドゥイノの悲歌』松尾芭蕉の句を挙げていることからもわかるように、試作品の文字数・行数の長短は、創作時間の長短と、あまり関係がありません。例えば、松尾芭蕉や種田山頭火の作品には、短時間に読みあげたと同時に詩の心を響かせた句もあれば、何年もの年月をかけてその詩の心を見つけ完成した句もあります。

 このことは私の作品にもあてはまります。十年かかった作品もあれば、一日で生まれた作品もあります。そのことと、どちらが優れているかは、直接のつながりはありません。

 同じことはもう一点、完成するまでの作品の姿の変化についても言えます。私にも、短い時間、瞬間にあふれでた詩句がそのまま詩の心、完成である作品もあれば、引用の文章にあるように、最初とは全く違う姿で、作者の詩の心を響かせる作品もあります。ここにも優劣はありません。

 どの作品についてもいえるのは、作者にとっては、完成した、詩の心を響かせえた瞬間の、作品の産声はかけがえのないものということです。どんな非難を浴びようと、無視されようと、自分だけは必ず守り抜くと心に誓う、命を灯してくれた、かけがえのない子どもだから、作品を愛さずにはいられません。

 二回にわたり見てきましたが、尼崎安四は、詩の本質と真実を深く理解し、詩を心から愛してやまなかった、本物の詩人だと、私は思います。詩は、感動、心で書くもの、一番大切なことを教えてくれる人だからです。

 最後に、彼の詩を引用して紹介した過去のエッセイをもう一度リンクします。彼の作品のうち、私がもっとも好きな詩、心の花を咲かせています。

   詩人・尼崎安四(一)。詩はいのちの生き様。
   詩人・尼崎安四(二)。詩は愛。


■ 出典:諫川正臣 詩誌「黒豹」119号 編集後記。『哀歌・戦友』細井冨貴子「季刊銀花」第75号。

 次回からは、秋の俳句の花をみつめていきます。


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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同上
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同上
「愛(かな)」1993年同上
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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