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ヘルダーリン『ヒュペーリオン』(四)。暴力に訴えて。

 敬愛するドイツの詩人ヘルダーリン(1770年~1843年)の長編作品『ヒュペーリオン』を見つめています。
 私は二十代で彼の作品にとても感動し、その変わらぬ想いを深め伝えたいとこの文章を書いています。
 作品の大きな流れのまとまりからテーマを掬い上げ、作品の言葉の飛沫のきらめきと、呼び覚まされた私の詩想を記しています。

 今回の主題は、暴力です。

 主人公の男性ヒュペーリオンは、友からの誘いに応じます。トルコの支配下にあるギリシアの独立の戦闘への誘いです。国家間の紛争、トルコと覇権争いするロシア側について戦争に加わり独立を果たそうという計画です。

 作品『ヒュペーリオン』のこのあたりの展開は、ヘルダーリンがこの作品を執筆していた時代、フランス革命からナポレオン独裁に到る時代背景を色濃く反映しています。
 そのうえで、ヘルダーリンは、女性ディオティーマに語らせています。彼女の言葉に詩人ヘルダーリンの、暴力、戦闘への眼差しと考えを私は感じ、深い共感を覚えます。

 「暴力」は選ぶべき選択肢ではない。
 あなた、愛する人は、「暴力」、「そのために生まれたかたではありません」。
 「なんのためにそうしたか忘れてしまわれるでしょう。」
 「力ずくで自由な国家をつくるのがせいぜいで、できあがったとたんに、なんのためにつくったのかと自問することでしょう。」
 「うつくしい生(いのち)はすべてうせ、あなた自身のなかでも使い果たされてしまうでしょう。うつくしい魂よ、たけだけしい戦いはあなたを引き裂くことでしょう。至福の精神よ。あなたは年老いてしまうでしょう。そして、生きることに倦みはてて」。

 戦闘、戦争には、輝かしい大義が必ず掲げられます。「正義のために」、「自由のために」、「お国のために」、「神のために」、「陛下のために」。その時代のただなかで大義に酔わされ「正しい」と信じ多くの、特に男性は、戦うこと、戦闘に加わることこそが「勇ましい姿」、厭戦者、兵役拒否者は、「卑怯者」「裏切り者」「弱虫」だと非難し排除します。

 私個人の考えをここに短く記します。暴力、戦闘、戦争は、人を殺すこと、非力な弱者を苦しめる状況に社会を貶めることです。自分ではない他の人を断罪でき苦しめられるほどに正しい人間などひとりもいません。
暴力、戦闘、戦争にどのように「正しく思える」大義が掲げられても、殺し殺されるしかない場に人々を追い込む主張も行為も、傲慢で、厭わしく、醜いと思います。私は、厭い、嫌い、反対します。「卑怯者」「裏切り者」「弱虫」だとレッテルを貼られても。

 ヘルダーリンは、この作品で女性ディオティーマに深い省察を語らせます。そのうえで、それでも、主人公の男性ヒュペーリオンは「自由」、大義のために、ディオティーマの言葉を振り切って戦闘に参加していきます。

 引用の最後の別れのくだりは、ディオティーマのあきらめに染めあげられ、悲痛ですが、美しいのは、選択する方向に食い違いが起きてしまった後の別れの時にも、ふたりの愛しあう想いは少しも変わってはいないからだと、私は思います。

● 以下、出典からの引用です。

「あなたがたは暴力に訴えて」とついにあのひとは言った。「すぐに極端に走るのですね。(略)」
「極端なことに耐えている者には極端なことが正しいのです」
「たとえ正しくても」とあのひとは言った。「あなたはそのために生まれたかたではありません」

「(略)でも、剣の使い方なら身につけました。いまはそれ以上のものは必要ありません。美の聖なる神政は自由な国家に住まなければなりません。そして、それは地上に場を持とうとしています。その場所は、わたしたちがかならず占領してみせます」
「きっと占領なさるでしょう」とディオティーマは言った。「そしてなんのためにそうしたか忘れてしまわれるでしょう。力ずくで自由な国家をつくるのがせいぜいで、できあがったとたんに、なんのためにつくったのかと自問することでしょう。ああ、その国で生き生きと働くはずだったうつくしい生(いのち)はすべてうせ、あなた自身のなかでも使い果たされてしまうでしょう。うつくしい魂よ、たけだけしい戦いはあなたを引き裂くことでしょう。至福の精神よ。あなたは年老いてしまうでしょう。そして、生きることに倦みはてて最後にこう尋ねることでしょう。青春の理想よ、おまえたちはいまどこにあるのか、と」

 すでに夕暮れだった。星が空にのぼった。ぼくたちは静かに家のしたに立った。永遠なるものがぼくたちのなかにあった。ぼくたちのうえにあった。アイテールのようにやさしく、ディオティーマがぼくを抱きしめた。

「(略)星空を眺めておたがいを確かめることにしましょう。ことばを交わせないときは、星空をわたしたちのしるしとするのです」
「そういたしましょう」とあのひとはゆったりとしたこれまで聞いたこともない口調で言った。それがあのひとの最後の声だった。たそがれの光のなかにあのひとの姿が消えた。

● 引用終わり。

 今回の最後に、これらの言葉と、木魂しあう私の詩を、ここに響かせます。お読み頂けましたら嬉しいです。

   「あどけない星魂のはなし」(高畑耕治のHP『愛のうたの絵ほん』から)。
   
 次回もヘルダーリンの『ヒュペーリオン』を見つめ感じとります。

出典:『ヒュペーリオン ギリシャの隠者』ヘルダーリン 青木誠之訳、ちくま文庫

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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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