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ヘルダーリン、愛の詩

 ヘルダーリンの詩から、わたしが心から好きな愛の祈りの詩を咲かせます。手塚富雄の日本語の響きが美しい訳です。
 私は読む度に心ふるえ、詩は感動だ、詩を読むよろこびは自然にうちから感動がわきあがる思いをしることだと、教えられます。同時に、私もいい詩を書きたいという願いが込みあげてくる大切な詩です。

  ディオティーマ

ひさしいあいだ枯れしぼんで閉ざされていた
わたしの心は いま美しい世界に挨拶する。
その枝々は芽ぐみ つぼみをつける、
新しい生命のみなぎりに。
そうだ、わたしはもういちど生に帰ってきた、
さながら大気と光をあびて
わたしの花たちのきよらかな力が
古い殻(から)を破って躍り出たかのように。

なんという変りかただろう。
わたしが憎み避けていたものすべてが
なつかしい諧音をかなでながら
いまわたしの生命のうたに唱和する。
そして時の打つごとに
わたしのこころはふしぎにも
幼いころのこんじきの日々へとよみがえる、
わたしがこのひとりのひとを見いだしてからは。

ディオティーマ! この世ならぬひと!
たぐいない存在! このひとによってわたしの精神は
生の苦悩から癒されて
神々の若さを約束された。
わたしの空は曇ることはあるまい、
きわめつくせぬ縁(えにし)に結ばれて
あい見る前からたがいを知っていた、
たがいの魂のおくそこで。

わたしがまだ幼い夢にゆすぶられて
晴れた日のようにやすらかに
わたしの庭の木々のした、
あたたかい大地に寝そべり、
ほのかな喜びにつつまれて
わたしの心の五月がはじまったとき、
春の微風とともにわたしにそよぎかけたのは
ディオティーマの精神のいぶきだった。

ああ そして古い言い伝えのように
この世の美しさがわたしの周囲から消え
天日をまえにしながら
わたしが盲者のように光をもとめてあえいでいたとき、
時の重荷に圧しまげられ
わたしの生がつめたく青ざめて
はやくもかなた、あの無言の
影の国へとあこがれながら身をかしげたとき、

そのとき 天からの贈りもののように
待ち望んでいた勇気と力が理想の世界からわたしを訪れた。
神々(こうごう)しいおもかげが 光につつまれて
わたしの夜闇のなかに現われたのだ。
それに行きつこうと わたしはふたたび
眠りこけていた小舟を 荒涼とした
港から引きおろして乗り出した、
みどりの大海原へ。――

いまこそわたしはあなたを見いだした、
愛の祈りのときに
わたしが思いえがいていたよりも美しいひと、
気高いひと、まさしくあなただ。
ああ 空想のまずしさよ。
このひとりのひとをはぐくんだのは
おんみだ、永遠の調和のうちに
生き生きと完成している自然だ!

喜びが高まり昇ってゆくところ、
日々のわずらいから解きはなされて
移ろいのない美が花咲くところ、
その高所に住むあの至福の精霊たちのように、
妙なる調べをかなでながら太古からの混沌(カオス)の
争乱のなかに立つウラーニアのように、
そのひとは 神なる純潔をそのままにたもって
時代の廃墟のなかに立っている。

限りない帰順の思いとともに
わたしの精神は 恥じながら武装を捨てて
心のつばさの力をつくしても及ばぬ
そのひとを捉えようとつとめもがいた。
炎熱の夏となごやかな春、
闘争と平和とはいま、
この美しい天使をまなかいにして
わたしの胸の深みに去来する。

にごりのない熱い涙を
わたしはいくたびかそのひとのまえで流した、
生のあらゆる調べをかなでて
そのやさしいひとのこころと結んだ。
たましいの奥底まで光に打たれて
そのひとのいたわりを乞うたこともしばしばだった、
あまりにも明るくきよらかに
そのひとの天空(そら)がわたしをおおいつつんだとき。

そのひとのこころが 汲みつくせぬ静かさや
ふとしたまなざしや声音にやどる
平安と充溢を
わたしにそそぎあたえるとき、
わたしを鼓舞する神が
そのひとの額にかがやきわたるとき、
わたしは讃嘆にひしがれて
憤(いきどお)りながらそのひとにわたしの貧しさを訴えた。

そのとき そのひとのやさしさは
幼子(おさなご)の嬉戯に似てわたしを抱きとり
そのふしぎな力に
わたしを縛(いましめ)ていたものは喜びのうちに解けた、
そのときわたしの乏しいもがきのこころは去り
戦いの傷はあとなく消えて
みちあふれる神々の生のなかへ
無常のわたしは踏みのぼった。

地上のどんな力も どんな神の命令も
わたしたちを隔てることのないところ、
わたしたちが一にして全であるところ、
そこだけがわたしの家だ。
わたしたちが窮乏と時間を忘れて、
わずかな利得を追う
物差しを捨てるところ、
そこでこそわたしは知る わたしの存在していることを。

かがやく威をもって
わたしたちとおなじように平和に静かに
あの暗い高みを進んでいる
テュンダレオスの子らの星が
いま 美しい憩いが招く
晴れやかな大洋へ
嶮(けわ)しい天の穹窿(きゅうりゅう)から
大きい光芒(こうぼう)を放って落ちこんでゆくように、

おお歓喜よ! そのようにわたしたちは
おんみのうちに至福な墓を見いだす、
わたしたちは無言のままに心をおどらせながら
おんみの波の底にかくれてゆく、
やがてまた時の呼び声を聞いて
わたしたちが新しい誇りとともに目ざめ
この星たちのように 生の
短い夜に帰ってくるまで。

出典:『筑摩世界文学大系21 ヘルダーリン』(手塚富雄訳、筑摩書房、1975年)

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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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