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太宰治と森英介。『地獄の歌 火の聖女』(五)

 詩人・森英介、本名佐藤重男詩集『地獄の歌 火の聖女』をみつめています。
 彼の詩集から、強く感動した詩篇全体作品と、強い響きの詩句を含む詩連を選びました。(抄)とある詩は全体ではなく、引用を略した詩連があります。またこの詩集には聖書や他の詩人の詩からの多くの詩句引用があり、詩集を構成する一部として鑑賞できますが、以下では略しています。
 今回は次の二つの詩を感じとり、私が感動したままに詩想を☆印の後に添えます。

禽獣(抄)、どぶ浚ひ(抄)。


  禽 獣

たとひ
禽獣のやうなひとでも

わたしのためにいき
いつしよに死んでくれるひとがほしい

明日は
最後なのだ

それが何んの関係があらう
非人間的な 聖女

平凡に
わたしとともに絶望し

不安に戦(をのの)いて生きてくれる
女のひとがほしいのだ

(略)

どたんばです
死んでからなど

とても
信じられるわけが無い

生きるといふこと
生きられないひとが

生計を
立てるといふこと

最後のひと日を
いつしよに生きるといふこと

噫(ああ)
恨みは 微塵(みぢん)もない

聖女の愚かさ
阿呆な詩人

酬いることもできないくせに
けふ一日(ひとひ)も苦痛なくせに

あなたと生きたい
あなたと生きたい

さう
おもつてくらしたのです

三年は
流れ

詩は少しも金にならず
生活が行詰り冬の風が戸をたゝきます

何故生きることができなかつたのか
今でもよくわかりません

まるで
世間には愚弄されどほしでした

今まで何をしてきたの!
あゝ わたし

詩の中を
歩いてきたのです

(略)

恋をしました
最後に!

そのひとは
肉身のない肉身の

聖女!
噫(ああ)

それゆゑにこそ
恋をいたしました

何んの恨みがありませう
禽獣のやうに慕つてゐるのです

(略)

あなた!
禽獣の哀しみをゆるしたまふあなた!

いま 禽獣が
禽獣であることにひざまづいたのです

かなしみに  鰥(やもめ)ぐらしに
感謝してゐるのです

さうです
聖女が

吠えつかれ
呪はれてゐるのです

あゝ
キリストは

☆ 私の詩想
 作者がこの詩集を『地獄の歌 火の聖女』と名付けた、その主題が激しく響いてきます。転落の思い、深い悲しみからの叫びにも似た裏返るような痛みに満ちた愛を求める肉声は、なぜか、いのりに限りなく近づいてゆきます。自らの醜さを凝視し吐き出す声は、愛を、本当に美しいものを求めずにはいられない魂だからこそ、生み出し得るものではないかと、私は思います。


  どぶ浚ひ

どぶ浚(さら)ひ
怖ろしいことだ

どんなよにも
流れ澱んでゐる溝の、

いくら浚つても
また溜る どぶ!

(略)

どぶは
どぶであることしかできないのだ

かなしい、
しかしくるしみたくはない

また浚つてくださるあなた
みてゐるのがたまらない!

放つといて
やせてはいけない

朝焼けの
美しい堤(つつみ)のうへを

思はず
感ぜず

かぜにふかれて
去りたまへ

ひとりで
くい そしてあらためて

這ひあがりたい
たとひ

てんらくしたとても
めをそむけてさりたまへ

むなしきいのち
むなしきあくた

何故に
浚ひ 愛し 涙するや

みぞのあくたに
生活も仕事もあるわけはない

いまは
つくりたまへるみのうへにかへるのです

あなた
どぶ浚ひ!

(略)
いつしよに
あきらめてうたひませう

ふたりのしごと
ふたりのせいくわつ

そんなもの
のぞむのがをかしいのです

むなしくさらひ
永遠によどむ

たゞそれだけの
主の はからひ

詩は
生きることのできないものゝ叫び
愛されたことのないものゝ涙
虐げられたものゝ訴へだ

どぶ浚ひ
どぶ浚ひ

芥の
嘆き!

☆ 私の詩想
 「かなしい、/しかしくるしみたくはない」という詩句や、終りの三連の詩句は、とても強く私の心のうちで反響を繰り返します。
 「禽獣」とともにこの「どぶ浚ひ」は、敗戦後の同じ時を生きた太宰治の資質と作品、とりわけ『斜陽』の直治の心象世界と、文学として重なり合っていて、とても近いと感じます。その心の世界は私の心を揺り動かし生きることを見つめ直さずにはいられない力を持っています。太宰は幸せには生きられなかったけれど、彼の小説は今も心から心へと木霊し続けています。私も太宰の小説が好きです。
 森英介のこれらの詩も、太宰の小説とともに、強い感動を呼び覚ましてくれるから、私はとても好きです。小説と詩、表現の形は異なっても、優れた文学は響き合っています。
 その木霊を聴きとれるひとの心に、森英介の心の愛の声がどうか届きますように。

出典:地獄の歌 火の聖女』(森英介、北洋社、1980年、復刻版)。
*漢字の旧字体は読みやすさを考慮して常用漢字に直したものがあります。ふりがなはカッコ( )内に記し、強調の傍点は略しました。

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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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