これまで出会う機会のなかった詩人の良い詩にめぐりあいたいと
『日本の詩歌27 現代詩集』(中央文庫、1976年)を読みすすめています。
今回は
天野忠(あまのただし、1909~1993年)の詩をみつめ感じとります。
今回は紹介する詩に添えられた
伊藤信吉の鑑賞文を、先に引用します。天野忠の詩をより深く感じとれると思うからです。詩句、詩行は思いが強く凝縮していて、時代背景を説明する言葉はありません。
詩作品には、作品の言葉それだけで独立した結晶のように完結するようなタイプもありますが、時代や社会の一般的な共有理解を前提にしているタイプもあります。今回の詩は後者です。
太平洋戦争敗戦直後の社会がどのようであったか、ある程度でも知っていなければ、わからない部分があります。たとえば、闇米。米の担ぎ屋。この言葉を知らない若者、子どもが多いと思います。
次に引用する解説は、この時代を教えてくれると同時に、時代と詩、社会的な詩の難しさについての理解も、優れていると私は思いました。
● 引用:天野忠の詩「米」の、伊藤信吉の鑑賞文「米」これは戦後――昭和二十年代の社会的混乱や倫理観の混迷、さらには戦後政治につづく政治的空白の時期に、その荒廃を突き抜けて生まれたまっとうな精神の詩である。そのまっとうな精神が、社会的主題の困難さを超えて、すぐれた詩的形象に到達した注目すべき作品である。
戦争の荒廃は国民の大多数を飢餓に曳きずりこんだ。そのとき政治はどこかへ逃げこんでしまった。誰が飢えを救ってくれたか。飢えを救うのは各人の才覚だった。政治に逃げられた大多数の国民は、自分の才覚以外に飢えから逃がれる手段を持たなかった。
闇米。米の担(かつ)ぎ屋。担ぎ屋の男たち女たち。遠く米所の農村へ出かけて行って、列車の混雑に紛(まぎ)れこみながら、都会地へ米を搬(はこ)びこんだ男たち女たち。一人ふたりの小さな担ぎ屋。集団をなして商売をした担ぎ屋。それを襲う警察官その他の摘発の手。彼らは「食料管理法」という法律を振りかざしていた。一方で飢えさせ、一方で闇米を押える。不思議な政治的空白の時期であった。
その矛盾した仕組みのために、線路に投げ出された米。天野忠の眼がそれを見ている。
(引用終わり)。
けれども私が今回この詩を引用するのは、このような時代があり人たちがいたということを知ってほしいからではありません。
この時代、社会状況、人々の生活、不合理、社会不正を調べ伝えていくことも大切なことですが、それを正確に詳しく掘り下げることは、詩という器には限界があります。けれども逆に、そのような
詩だからこそ、伝えることができるものがあります。
わたしはこの詩をとても良い詩だと、好きな詩だと、感じます。この作品には、詩全体で、また個々の詩句そのものにも、今読む私の心を打つちからがあると感じます。それはなぜか?
どうしても書かずにはいられない、伝えずにはいられない想いを、伊藤信吉が記しているように、詩人が「詩的形象」としえたからだと私は思います。
作者の心深く響く感動が、本物かどうかは、読者にはわかります。本物なら読者の心にも感動を呼び覚ましてくれるからです。感動には、美しさ、喜び、悲しみ、嘆き、祈りと混ざり合って、怒りという顔もあります。その表情の豊かさは、心そのものの豊かなひろがりと深さだと私は思います。
米
天野忠この
雨に濡れた鉄道線路に
散らばった米を拾ってくれたまえ
これはバクダンといわれて
汽車の窓から駅近くなって放り出された米袋だ
その米袋からこぼれ出た米だ
このレールの上に レールの傍に
雨に打たれ 散らばった米を拾ってくれたまえ
そしてさっき汽車の外へ 荒々しく
曳かれていったかつぎやの女を連れてきてくれたまえ
どうして夫が戦争に引き出され 殺され
どうして貯えもなく残された子供らを育て
どうして命をつないできたかを たずねてくれたまえ
そしてその子供らは
こんな白い米を腹一杯喰ったことがあったかどうかをたずねてくれたまえ
自分を恥じないしずかな言葉でたずねてくれたまえ
雨と泥の中でじっとひかっている
このむざんに散らばったものは
愚直で貧乏な日本の百姓の辛抱がこしらえた米だ
この美しい米を拾ってくれたまえ
何も云わず
一粒ずつ拾ってくれたまえ。
次回も、めぐり会うことができた、感動を伝えてくれる詩をみつめたいと思います。
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