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茨木のり子の詩(一)。あたしも強くなろうっと!

 今回と次回は、茨木 のり子(いばらぎ のりこ、1926年 - 2006年)を感じ取り、詩想を記します。彼女の詩を読むにあたって、茨木のり子詩集『落ちこぼれ』(水内喜久雄選・著、はたこうしろう絵、2004年、理論社)を選びました。やさしい挿絵が添えられている手触り良い本が、個性豊かな詩人の世界へ道案内してくれました。

 本のあとがきに「私、解釈(かいしゃく)を加えないと判らないような詩は書いていないつもりです」という詩人の言葉が引用されていますが、まさにその通り、どの作品も直接読者の心に飛び込んくる思いがしました。素晴らしいことだと思います。

 「わたしが一番きれいだったとき」は、代表作にあげられる有名な詩ですが、とても心によく響きました。ほかにも、つぎのような子ども心が輝いている詩を、私は好きだなと感じました。
 たとえば詩「女の子のマーチ」最終連「あたしも強くなろうっと!」。
 また詩「癖」は、いじめっことの心の交流の機微が伝わってきて、思いが深まります。

 初出は詩集『見えない配達夫』(飯塚書店)です。

  わたしが一番きれいだったとき
        茨木のり子


わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらくずれていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山(たくさん)死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった

わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈物(おくりもの)を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差(まなざし)だけを残し皆(みな)発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色(くりいろ)に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿(ばか)なことってあるものか
ブラウスの腕(うで)をまくり卑屈(ひくつ)な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢(あふ)れた
禁煙(きんえん)を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄(すご)く美しい絵を描(えが)いた
フランスのルオー爺(じい)さんのように
                  ね

 彼女が生きた戦争と戦後の時代をみつめていますが、最終連に特徴的な、負けない明るさと心の芯の強さが読むものを力づけてくれる、この詩人の優れた個性だと感じます。

 より直接的に戦争を見つめる詩にも心の底から考えさせられるような、確かさが詩句にあると感じます。
 詩「木の実」4連「もし それが わたしだったら……」や、詩「総督府へ行ってくる」の「日本がしてきたことを/そこに見た」は、強く心に残ります。
 なぜだろうか?
 私は、茨木のり子が人の心を、とても深く感じとれるから、よく知っているから、明るいところも暗いところも、輝きも闇も、ほほえみ、喜び、おかしみ、かなしみ、いろんな表情を、どれも拒まず受け入れ、大切に抱いて生きようと思っているからだと感じます。

 次の詩も戦争の影がおおうなかでも、あらわれでるひとの心、心から心への呼びかけあい、手をつなごうとする思いが沁み、透きとおっています。「静かに髪(かみ)をなでていたい」、この言葉に込められているもの、響いてくるもの。
 とても好きな詩です。

 初出は詩集『対話』(不知火社)です。

  知らないことが
        茨木のり子


大学の階段教室で
ひとりの学生が口をひらく
ぱくりぱくりと鰐(わに)のようにひらく
意志とはなんのかかわりもなく

戦場である恐怖(きょうふ)に出会ってから
この発作ははじまったのだ
電車のなかでも
銀杏(いちょう)の下でも
ところかまわず目をさます
錐体外路系統(すいたいがいろけいとう)の疾患(しっかん)

学生は恥じてうつむき目を掩(おお)う
しかし 年若い友らにまじり
学ぶ姿勢をいささかも崩(くず)そうとはしない

ひとりの青年を切りさいてすぎたもの
それはどんな恐怖であったのか
ひとりの青年を起きあがらせたもの
それはどんな敬虔(けいけん)な願いであったのか

彼(かれ)がうっすらと口をあけ
ささやかな眠りにはいったとき
できることなら ああそっと
彼の夢の中にしのびこんで
少し生意気な姉のように
“あなたを知らないでいてごめんなさい”と
静かに髪(かみ)をなでていたい

精密な受信器はふえてゆくばかりなのに
世界のできごとは一日でわかるのに
“知らないことが多すぎる”と
あなただけには告げてみたい。


  今回この詩に出会ってすぐ好きになったのは、知らないところで私の心から生れたつぎの作品と不思議に通い合うものを感じたからです。
   詩「青い空のあの白い」(高畑耕治HP・新しい詩)

 次回も茨木のり子の横顔を、少しちがう位置から見つめたいと思います。


 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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