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西岡寿美子の詩。おかやん。方言の肉声が沁みる詩心。

 近代詩が生まれた明治時代からの約百年間に創られた女性の詩人の詩をみつめなおしています。
 『ラ・メール 39号、特集●20世紀女性詩選』(1993年1月、編集発行人:新川和江・吉原幸子、発売:思潮社)に採録されている詩人の一作品・一輪の花たちのなかから、私が好きな、木魂する思いを揺り起こされる詩について、詩想を記しています。

 今回の詩人は、西岡寿美子(にしおか・すみこ、1928年昭和3年生まれ)です。
 略歴には、主要詩集『杉の村の物語』『おけさ恋うた』『紫蘇のうた』。他に『四国おんな遍路記』『土佐の手技師』など、詩誌「二人」編集発行と記されています。

 みつめる作品は、1973年の詩集『杉の裏の物語』に収録されている高知県の方言、土佐弁で書かれた詩です。

 方言詩の良さは、詩人の血肉である言葉を紡ぐので、濃密に細やかに言葉のゆたかさを表現できること、とても微妙、繊細な感情、ニュアンスをその言葉でしかあらわしようのない姿であらわせること、そして言葉の音楽性、イントネーションや抑揚をもっともゆたかにたゆたわせられることだと思います。
 一方で難しさは、その方言による詩の良さをどこまで感じとれるかは、読者がその言葉をどれくらい知っているかに大きく左右されてしまうことです。

 私は宮尾登美子の小説と坂本龍馬の大河ドラマでしか、土佐弁を知りませんでしたが、大阪育ちですので、西日本圏に共通している言葉のイントネーションとニュアンスを感じとれます。ですから、この詩の土佐弁の言葉すべての意味はわからないけれども、なんとなく全体の感じがわかります。でも、東日本や、沖縄、北海道で暮らしている方が、どれくらい感じとれるか、正直なところわかりません。

 作者が方言のこの長所と短所をふまえたうえで、土佐弁で書いたのは、おかやん(お母さん)に子どもとして、一緒に生活した時間に交し合ったその言葉で、話しかける詩だから、という必然性があります。この言葉でないと、表せない、というほどの。
だから私は、部分的にわからない箇所があっても、この濃密で繊細な世界に引き込まれます。

 最終連の表現はすごいなと感じます。
もう一度生んでほしい、お母さんのへその緒から生きる力を注いでください。あかんぼの姿のままもう一度、泣き転がりたい、お母さん、お母さん。
誰も言えないけれど心の底深く生まれ育ててくれた言葉のまんまで隠している強い感情のように思いました。

 作品の末尾に置かれている、作中の主な土佐弁の意味の説明を、先に置きます。この言葉だけつかんでいれば、わからない言葉があっても、この詩の世界を泳げると思うからです。響いている詩心の強さと豊かさはきっと伝わる、良い方言詩に出会えて嬉しく思います。

   (土佐弁)――(標準語)
   たのむきに――たのむから
   寄っとうせ――寄って下さい
   ねき――わき、そば
   つくなんで――しゃがんで
   ちんもうて――小さくて
   荷もせたろうて――荷も背負うて
   養うばあのこと――養うぐらいのこと
   わがでに――自分から
   はなから――最初から
   ヒツテ――実のらぬ穂のさま、役立たず
   やりこい――やわらかい
   はちきん――女の元気者  


  たのむきに
            西岡寿美子


おかやん
土のなかはぬくいか
みちみちはやいしぐれに遇うたので
うちはしっかいこごえてしもうた
たのむき もちっとそっちへ寄っとうせ
うちをそのねきへ入れとうせ

おかやん
うちは生きることが辛うなった
ここにじいっとつくなんでいたい
あかつちのなかにもぐりこうで
おかやんの骨の鳴る音をきいていたい

ものをいうてくれんでもええ
なにをしてくれんでもええ
生きちゅうあいだはきものも縫うたり
荷もせたろうたり
あかぎれにもめん糸をかがりつけて
おかやんはむごいばあ働きづめぢゃったやいか

これからはうちがしたげる
うちが何でもしたげるきに
そのままややこのようにまるんでおりよ
そうはいうても もううちがおかやんにしてやれるのは
雨や雪がしみこまんようにやぶれ傘をさしかけたり
竹筒に山の花を切りこむような
しようもないことばあしかないがやねえ

からだもちんもうて
漢字もろくに書けんかったのに
こどもらは好き勝手に這い出し
家はびんぼうで世帯のなんぎばっかりしておったのに
なんであんなにはちはちしちょったんやろう
行年六十二
おかやんは人の世の晴れ間を伝うてきたとしんそこ思うか
うちにはどうしたちそうは思えん
とてもおかやんのように笑うてばっかりはようおらん

うちは字もなろうた
なみ以上に学校へも行かしてもろうた
おかげで自分の口を養うばあのことはできる
けんど そんなもんはこけや
そんなもんだけではどもならん

おかやんの半分も生きんうちから
ちっとづつわがでにいのちをあかつちの穴にうめこみよる
うちははなからのヒツテや
やりこいところはおおかたずいむしにやられてしもうちょる
やんがてかやの穂の秋折れみたいにうつぶしてしまうんやろう

うちのまけや
おかやん
どうぞしてうちをもういっぺん孕んどうせ
たのむきにはちきんの生汁(きしる)をうちのへその緒へ注(つ)いどうせ
うちはうまれたまんまでそこらぢゅうおらびまわりとうなった
おかやんよ
おかやんよ
よう


 次回も女性の詩人の歌声に、心の耳を澄ませます。

 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
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    発売案内『こころうた こころ絵ほん』
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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