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与謝野晶子の詩歌(九)。子ども心、ときめきの歌。

 20世紀の冒頭から半ばまで、ゆたかな詩歌を創りつづけた女性、与謝野晶子の作品をみつめつつ詩想を記しています。
 今回は晶子の子ども心の詩、子どものための詩です。

 前回まで詩のかたちでの、多様な主題についての、表情がとても豊かな、変化と創意に富んだ作品たちを見つめてきました。
 心豊かに深く詩歌を愛する優れた詩人に共通しているのは、童心、子ども心を生涯失わないことです。晶子がその一人であることを、私はとても嬉しく感じ、晶子をますます好きになります。

 詩心は深く童心に根ざしているので、優れた詩人の作品のきらめきには、必ず子ども心に通うみずみずしい輝きが顔をのぞかせていると私は思っています。心打たれる詩句、心洗われるのを感じる詩句、心ふるえる旋律の詩句を読めた時に感じることのできる、心の感動は、童心が新しい世界をまぶしく感じ目を大きく見開く姿と、通い合っていて、ほとんど同じだからです。

 選んだ3篇はどれも、子どもたちの心をときめかせる大切なものを、言葉の音楽、歌となり響かせています。
 ・シンプルな言葉。想像はその言葉から子どもがひろげてゆけばいいので、修飾語でガチガチに狭く固めてしまわないこと。
 ・耳で聞きとれること。覚え、口ずさみたくなるからです。
 ・母音、ア、イ、ウ、エ、オののびやかさ、やわらかさ。長母音。まあるい。
 ・リズム。はぎれのよさ。きり、きり、きり。
 ・繰り返し。繰り返される詩句、詩行リフレインは、歌を心に焼きつけます。
 ・問いかけと呼びかけ、会話。なんで? 不思議、おどろき。子どもはお母さんとの会話が好きで言葉を覚えます。

 この詩ができたときの晶子はきっと楽しかったと思います。大好きな子どもとお話している時のままの、優しい目を心に咲かせていたでしょう。そうでないと、このような良い詩は生まれません。

  花子の目
           与謝野晶子


あれ、あれ、花子の目があいた
真正面をばじつと見た。
泉に咲いた花のよな
まあるい、まるい、花子の目。

見さした夢が恋しいか、
今の世界が嬉しいか。
躍るこころを現はした
まあるい、まるい、花子の目。

桃や桜のさく前で、
真赤な風の吹く中で、
小鳥の歌を聞きながら、
まあるい、まるい、花子の目。


  噴水と花子
           与謝野晶子


お池のなかの噴水も
嬉しい、嬉しい事がある。
言ひたい、言ひたい事がある。

お池のなかの噴水は
少女《をとめ》のやうに慎ましく
口をすぼめて、一心に
空を目がけて歌つてる。

小さい花子の心にも
嬉しい、嬉しい事がある。
言ひたい、言ひたい事がある。

小さい花子と噴水と
今日は並んで歌つてる。
ともに優しい、美くしい
長い唱歌を歌つてる。


   紙で切つた象
           与謝野晶子


母さん、母さん、
端書《はがき》を下さい、
鋏刀《はさみ》を下さい、
お糊を下さい。

アウギユストは今日、
古い端書で
象を切ります。
きり、きり、きり、きり。

そおれ、長い長いお鼻、
そおれ、脊中、
まんまるい脊中。
きり、きり、きり、きり。

それから、小さな尻尾《しつぽ》、
後脚とお腹、
さうして前脚。
きり、きり、きり、きり。

少し後脚が短い、
印度《インド》から歩いて来たので、
くたびれて、
跛足《びつこ》を引いて居るのでせう。

象よ、板の上に、
足の裏を曲げて、
糊をば附けて、
さあ、かうしてお立ち。

可愛い象よ、
お腹が空いたら、
藁を遣ろ、
パンを遣ろ。

母さん、母さん、
象の脊中には何を載せるの。
人間ですか、
荷物ですか。

象の脊中に載せるのは
書物ですつて。
それは素敵だ、
僕がみんな読んで遣らう。

それから、象よ、
僕が書物を読んで仕舞つたら、
僕をお載せ、
さうして一散に駆け出して頂戴。

アウギユストは象に乗つて
何処へ行かう。
兄さんの大学へ行かう、
兄さんをおどかしに。

いや、いけない、いけない、
兄さんはお医者になるのだから、
象に注射をして、
象を解剖するかも知れない。

母さん、何処へ行きませう、
宣しい、
母さんの云ふやうに、
広い広い沙漠へ行きませう。

象は沙漠が好きですとさ、
淋しい沙漠がね。
其処を通れば
太陽の国へ帰られる。

(註「アウギユスト」は作者の幼い四男の名です。)


● 出典は、インターネットの図書館、青空文庫
入力:武田秀男、校正:kazuishi。
・晶子詩篇全集。底本:「晶子詩篇全集」実業之日本社、1929年。
・晶子詩篇全集拾遺。底本:「定本與謝野晶子全集第九巻詩集一、同・第十巻詩集二」講談社、1980年。

 次回も、与謝野晶子の詩歌を見つめ詩想を記します。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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