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萩原朔太郎『詩の原理』(四)自由詩、日本語の「調べ」

萩原朔太郎の詩論『詩の原理』を通して、文学、散文、詩、日本の詩歌を見つめ直しています。今回は、「第十三章 日本詩壇の現状 1、2」での自由詩についての考察を取り上げます。冒頭に私が教えられたこと、感じ考えたことを記し、その後に朔太郎の言葉の原文を区分して引用します。


 初めに朔太郎は、日本語による長篇韻文としての自由詩が生まれた軌跡を振り返ります。
 「新体詩」からの模索を通して「七五調が破格を生み、単調のものが複雑になり、そして最後に、今日見る如き自由詩に到達した。」、そして次のように言い切ります。
 「日本の詩の有り得べき形式は、この三つの者――和歌と、俳句と、自由詩と――の外にない。」。

 そのうえで朔太郎は伝統詩歌でない、若者たちが求めた新しい形式である自由詩そのものの考察を進めます。
 まず、「形式上の区別からみて、自由詩は明らかに散文に属しているのだ。」と大きな把握をしたうえで焦点を絞り、
 「散文(即ち小説や感想の類)と自由詩」とは、「一方が『描写本位―または記述本位―の文学』」あるに対して、自由詩が音律美を重視する『音律本位の文』であるということである。」、その本質的な違いを浮き立たせます。

 そのうえで、朔太郎独自の魅力的な言葉で自由詩を捉えていきます。
 「自由詩は、不規則な散文律によって音楽的な魅力をあたえる」、「一種の有機的構成の韻文である。」、
 「有機的である故に、形式律の法則によって分析されず、数学的の計算によって割り出されない。」、
 「自由詩とは、何等の法則された律格をも有しないで、しかも原則としての音楽を持つところの、或る『韻律なき韻律』の文学である。」と。
 自由詩をつくる一人として私には深い喜びを感じる言葉です。私は散文ではなく詩を生んでいるんだ、と言い切れる喜びです。

 続けて朔太郎は自由詩が伝統に根ざしたものであり、短期間流行るだけの根無し草ではないことを、強く伝えてくれます。
 「日本の詩歌は原始から自由主義で、形式上に散文と極く類似したもの」であり、
 「西洋人が『詩は韻文の故に詩なり』と考えている時、日本人は昔から『詩は調べである』と考えていた。『調べ』とは無形な有機的の音律であり、法則によって観念されないリズムである。」、
 「自由詩の原理は、日本語の『調べ』という一語の中に尽きる」。
 日本の詩歌、自由詩には、伝統に深く根ざした美しい音楽「調べ」があるんだ、朔太郎のこの言葉に私は日本の詩歌を愛する一人として感動します。

 日本の詩歌の本質を深く捉え、愛するからこそ、次のような厳しい批評の言葉を彼は吐き出します。
 「今日の日本の詩に、一もこの音律美がない」、「今日の所謂自由詩は、真に詩と言わるべきものでなくして、没音律の散文が行別けの外観でごまかしてるところの、一のニセモノの文学であり、食わせものの似而非《えせ》韻文である。」
 吐いた批評の言葉は自らの作品をも照射します。本物の詩を自らは生み出しているとの強い自負があるからこそ言えた言葉です。

 文語詩についての考察は、言葉が年月にさらされて育まれ磨かれるものであることを、「印象的散文」についての考察は、詩が全感的にあたえる強い魅力は軽い機智的のものでは決してないとの、大切なことを示していると私は考えます。
 最後に、この詩論での考察を、詩の音楽の結晶として輝かせている朔太郎の作品のうち、日本語の音律美が特に強く響いてくる詩を選び、別途「愛(かな)しい詩歌」に咲かせ、朔太郎の美しい調べを奏でてもらいます。
 私も美しい調べがふるえる詩を生み、伝えたいと願っています。

原典からの引用
以下はすべて、『詩の原理』の萩原朔太郎の原文の引用です。その核心の言葉を私が抽出し強調したい箇所は薄紫太文字にしました。

「(略)欧風詩体の創造を企図した一派は、当時の所謂新体詩である。(略)詩体は何の新しいものでもなく、日本に昔から伝統している長歌・今様《いまよう》の復活であった(略)。和歌俳句の音律的完美に対して、この種の長篇韻文が愚劣であり、当然一時の流行によって亡ぶべき非芸術的のものであった(略)。新日本の青年たちは、和歌俳句によって満足し得ない、別の新しい形式を欲していた(略)。遂に七五調が破格を生み、単調のものが複雑になり、そして最後に、今日見る如き自由詩に到達した。」
「(略)日本の詩の有り得べき形式は、この三つの者――和歌と、俳句と、自由詩と――の外にない。」
「(略)大切なことは、自由詩が辞書の正解する韻文に属しないで、より広義の解釈による、本質上での韻文に属するということである。(略)形式上の区別からみて、自由詩は明らかに散文に属しているのだ。けれども内容の上から見れば、自由詩は決して所謂散文(即ち小説や感想の類)と同じでない。また形式上から考えても、これ等の普通の散文と自由詩とは、どこかの或る本質点でちがっている。そしてこのちがうところは、一方が「描写本位――または記述本位――の文学」であるに対して、自由詩が音律美を重視する「音律本位の文」であるということである。」
「(略)自由詩は、不規則な散文律によって音楽的な魅力をあたえるところの、一種の有機的構成の韻文である。そしてこの「有機的構成の韻文」と言うことが、自由詩の根本的な原理である。即ちそれは有機的である故に、形式律の法則によって分析されず、数学的の計算によって割り出されない。(略)」
「(略)自由詩がもし形式律の法則に支配されたら、それは何の自由詩でも有り得ない。しかも自由詩にして特殊な音律美がなかったならば、言語のいかなる本質上の意味に於ても、それは韻文と言い得ないもの、即ち本質上での散文(詩でないもの)である。畢竟するに自由詩とは、何等の法則された律格をも有しないで、しかも原則としての音楽を持つところの、或る「韻律なき韻律」の文学である。(略)」
「(略)日本の詩歌は原始から自由主義で、形式上に散文と極く類似したものである。(略)西洋人が「詩は韻文の故に詩なり」と考えている時、日本人は昔から「詩は調べである」と考えていた。「調べ」とは無形な有機的の音律であり、法則によって観念されないリズムである。だから自由詩の原理は、日本語の「調べ」という一語の中に尽きるので、ずっと昔から、すべての日本人が本能的に知りつくしている事である。(略)」
「(略)実に驚くべきことは、今日の日本の詩に、一もこの音律美がないということである。(略)西洋近代の詩はもとより、日本の原始の自由詩でも、すべて詩としての魅力があるところには、必ず特殊の音律美がある。(略)要するに今日の所謂自由詩は、真に詩と言わるべきものでなくして、没音律の散文が行別けの外観でごまかしてるところの、一のニセモノの文学であり、食わせものの似而非《えせ》韻文である。」
「 (略)すくなくとも文語詩は、自由詩と言い得る程度の有機的音律美を有していた。(略)すくなくとも音律上で、文章語は遙かに口語に優っている。(略)口語の「である」に対し、文章語の「なり」が如何に簡潔できびきびしているか。「私はそう信ずる」と「我れかく信ず」で、どっちの発音に屈折や力が多いか。「そうであろう」と「あらん」との比較で、どっちが音律的に緊張しているか。(略)」
「(略)日本は、早く昔から文章語が出来、実用語と芸術語とを、判然と分けて使用していた。(略)然るに言語というものは、芸術上に使用されてのみ、始めて美や含蓄やを持つ(略)。明治の末になってから、西洋の言文一致を学ぼうとして、始めてこの日常語が文章に取り込まれ(略)今日まだ漸く半世紀に達しない。(略)そこに詩としての使用に堪え得る、音律や美がないのは当然である。」
  「(略)最近の詩は、この音律美によって失うものを他の手段によって代用させ、以て漸く詩の詩たる面目を保持しようと考えている。どうするかと言うに、言語の表象する聯想性を利用して、詩を印象風に描き出そうというのである。即ち例えば(略)「馬の心臓の中に港がある」とかいう類の行句(略。この種の詩を称して、かつて「印象的散文」と命名した。なぜならその詩感は、何等音律からくる魅力でなくして、主として全く語意の印象的表象に存するからである。(略)この種の魅力は、皮膚の表面を引っ掻くような、軽い機智的のものに止まり、真に全感的に響いている、詩としての強い陶酔感や高翔感やを、決して感じさせることがないからだ。詩が全感的にあたえる強い魅力は、常に必ず音律美に存している。(略)西洋や支那の詩を読み、自国の過去の詩を読んだら、東西古今を通じて、一もかくの如き没音律の詩がないこと、また詩の詩たる真の魅力が、音律美を外にしてあり得ないことを知るであろう。(略)」


引用は、青空文庫http://www.aozora.gr.jp/)入力:鈴木修一校正:門田裕志、小林繁雄、を利用しました。
底本:「詩の原理」新潮文庫、新潮社 1954年。


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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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