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上田三四二の短歌(二)散文化した時代と、歌。

 ここ約百年に生まれた短歌を見つめています。『現代の短歌』で出会えた、私なりに強く感じるものがあり何かしら伝えたいと願う歌人の、特に好きな歌です。
 前回に続き、上田三四二(うえだ・みよじ、1923年・大正12年、兵庫県生まれ)の短歌を見つめます。

 この散文化した時代に多くの人は、合理性と効率性と実用性と有益性の盲目的な追求を進歩の旗印にかなう最善の選択だとして掲げる競争社会に投げ込まれ、知性と機智と狡知を磨くことばかり教育されます。
 もともと実用からも実業からも縁遠い文学もその思潮に染まって実用文のような散文、エッセイと小説しか存在しないかのようです。詩は時おり商業コマーシャルに利用されるか、つるされた広告の商業コピーにぴらぴらすれば十分というのが、ふつうの感覚です。

 だから文学を愛する人の間でも、そして短歌や詩といった詩歌を愛する人までもが、機智と知性による概念とイメージの積み木以外の表現を忘れ、失っている気がします。抒情や詩情の源である、言葉の音楽が聴こえる詩歌にふれることが、少なくなってしまいました。

 上田三四二の短歌はです。言葉の音楽が息づいて聴こえてきます。
 言葉に音楽を求めないなら、詩ではなく散文を読めばすみます。私は詩が好きで詩にこだわるので、彼の短歌をとおして忘れられている日本語の響きの美しさについて四回にわたり重複を避けず、詳しく書きたいと思います。今回はまず二首です。それぞれの短歌の前に、所収の歌集名、刊行年と彼の年齢を記しています。

               『黙契』1955年(昭和30年)、22歳。
つきつめてなに願ふ朝ぞ昨日(きぞ)の雨濡れてつめたき靴はきゐたり

*「つきつめて」「きぞ」「つめたきくつ」「はきいたり」にある、「つ」と「き」の音が強く響き、全体のリズム感を生み出しています。
*詩想が特に優れた歌ではありませんが、初頭句と末二句のリズム感が快さが残ります。意味ない歌詞をも覚えさせ口ずさませるメロディーのような役目をしています。
*上句では「なnAに」「朝Asa」「雨Ame」の母音アAが、波が折り重なるように韻を奏でています。
*下句では「濡nUれ」「つtUめたき」「靴kUtU」の母音ウUが、重なる韻を、閉じる暗めの音色で奏でます。

               『雉』1967年(昭和42年)、44歳。
をりをりに出でて電車にわが越ゆる今日木津川の水濁りをり

*この歌の快さの大部分は、初頭句の「をりをりに」と「濁りをり」の同音の呼び合い、その音とリズム感にあります。この歌も詩想が優れているわけではありませんが、何となく心に残るのはそのちからです。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)

 次回も、上田三四二の言葉の音楽を聴き取ります。
 ☆ お知らせ ☆
 『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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