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山田句塔の自由律俳句(二)。私を泣いてくれた。

 俳人・山田句塔の自由律俳句を感じとっています。前回の、戦場という極限状況での句に続き、今回は敗戦の年1945年・昭和二十年以降に、彼が詠んだ句です。

 以下、引用する俳句の出典は、細井冨貴子『哀歌・戦友』「季刊銀花」第75号によります。(尼崎安四を師とされる詩人の諫川正臣氏がコピーを下さいました)。

● 山田句塔の自由律俳句

  はげしく人を恋い人をさけて暮らしている冬
  人になじめぬ性(さが)もち人のなかはたらいている
  独居四年の秋がわたしの机と壁の穴と
  貧しければ友情も春寒くて発たせる
  友に遠く山の町のパチンコ屋でいる秋
  かばかりの金をば賭けて一途にも幾何(いくばく)の金得んとす人らは

☆ 彼の戦場の句は、自分の生を飲み込もうとする強大な暴力に取り込まれている状況をただひたすら刻みつける緊迫した記録でした。
 それら戦場での句と読み比べると、これら戦後の日常の句には、内省するまなざし、思いの揺れ動き、人間本来の心の自由があります。山田句塔の人間性が滲みだしています。逆に言えば、戦場では彼本来の心が抑圧され奪われていたのだと思います。
 ここにある彼の心のあり方は、芸術家、文学者の、俗世にいながら、染まらず厭い、孤独と愛を求め、悩み惑う心性が響いていて、私は共感します。句中の「友」は彼の生涯の戦友、詩人・尼崎安四です。
 
  すずしく畑の土おこしてゆく
  赤ん坊の微笑へ夏夜の夫婦でいる
  子よ春なれば滴る水に手をだす

☆ 彼の心の穏やかさと柔らかさがもれ出たような句です。三句目の呼びかけの言葉「子よ」にヒューマニズムを感じます。

  温みまだあれば死んだともおもえず      (妻急逝)
  骨(こつ)あげも終りこんや父子(おやこ)三人
  まだ死にたくなかった心           (妻を憶う)

☆ 妻が急逝した際の句。三句目には鎮魂の想いが響いていて、心打たれます。真率さそのものの器である、自由律俳句の美しさを感じます。
  
  私を泣いてくれた
  運命、私が足萎えとなる
  名もない人として消えてゆく
  私より若く逝った誰彼
  知人の急死また訊く
  わが七十年幸運でありすぎた
  空の見えない病室で冬をすごすか

☆ 最晩年、病床で、自らの生を振り返り、出会い友に過ごした人達を想い、死を想う句。生き抜いた歳月に、余計な装飾、虚飾をすべて洗い流された後のような、真率な、清潔感があります。贅肉、脂肪を必要としなくなったお年寄りの肌が、白く、透けるほど、陽射しに照らし出されているような。
 自由律俳句という、心のあらわれそのものの響きが、美しいです。

 戦場へ送られ殺されかけながら死の淵から生還し、無数の戦友の死を生涯、脳裏に焼き付けつつ、戦後の困難な生活を生き抜き、生涯をかけて戦友・尼崎安四の人と詩を世に伝えようと尽力した、俳人・山田句塔の人間性と生き様に、私は静かな尊敬の念を覚えずにはいられません。
 彼の自由律俳句に心洗われ、負けるな、甘えるな、生きろと、励ましてくれる声が聞こえてくる気がします。

■ 出典:『哀歌・戦友』細井冨貴子「季刊銀花」第75号

 次回は、俳人・山田句塔の戦友であった詩人・尼崎安四の戦時と戦後を見つめます。
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 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。
絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
    こだまのこだま 動画  

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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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