藤川晶子「平安後期勅撰集における和泉式部歌享受」と「後拾遺集における和泉式部歌享受」を読みました。受け継がれる「歌人の歌」は、説話もとりこみながら膨らみ豊かに変わっていくものという視点に、片桐洋一「小野小町追跡」と通じあう文学と歴史理解の良さがあり、教えられました。柿本人麿歌集、小野小町集、和泉式部集は、いずれも本人の歌ではない歌や説話も加えられ変えられ創りなおされ、ふくらんで伝えられてきたけれど...
和泉式部の和歌から、私が好きな歌をここに咲かせました。 恋の歌も、哀傷歌も、切実な、痛切な、愛(かな)しみが心に響いてきます。歌は心の感動だと、いちばん大切なことを教えてくれる詩歌です。千年前の感動が今も心に響きます。 和泉式部の生涯は歌だったと感じます。毎日、些細なことから魂の極まるところまで、喜びも悲しみも、楽しいことも可笑しいことも嘆きも噂話まで、感じる心のままに言葉の抑揚にのせ歌にしまし...
平安朝期、華麗に花開いた女流文学の中心で激しく生き美しい歌の花を咲かせた和泉式部(いずみしきぶ)の作品、和歌と『和泉式部日記』について考えます。1.彼女の生きざま 和泉式部は、結婚して娘の小式部内侍を産んだ後夫と離れ、契った為尊(ためたか)親王は26歳で夭折してしまいますが、彼の同母弟の敦道親王と出会い結ばれました。その出会いから親王邸に入るまでが『和泉式部日記』に綴られています。その後敦道親王も2...