前回につづき、
金子みすゞの歌に心の耳を澄ませます。
『金子みすゞ童謡集』(編解説・矢崎節夫、1998年、ハルキ文庫)、底本『新装版・金子みすゞ全集』(JULA出版局、1984年)を出典にしました。口語表記です。
彼女の豊かな詩の表情の魅力を、少し違う角度から見つめてみます。
たとえば、つぎの詩は短い詩行ですが、
とてもひろい世界を映し出しています。優れた
絵や映像のような詩です。
川岸の花から川のながれのままに遠い海まで視線も流れてゆくと、突然視野は大きな海いっぱいにひろがります。がアングル、焦点は急に縮まり、小さな一滴を浮かび上がらせます。とおい距離のうごきと、大と小の対比が鮮やかです。
そしてその一滴の水玉が想います、わたしはあの川岸の花の露、涙でしたと。おどろき、こころのときめき、そして今と過去の時間の逆行、重なり。
詩が表現できるものの豊かさを包み込んだような、とても好きな詩です。
みそはぎ
金子みすゞながれの岸のみそはぎは、
誰も知らない花でした。
ながれの水ははるばると、
とおくの海へゆきました。
大きな、大きな、大海で、
小さな、小さな、一しずく、
誰も、知らないみそはぎを、
いつもおもって居りました。
それは、さみしいみそはぎの、
花からこぼれた露でした。
次は
言葉の音楽性での、彼女の
歌びととしての天性を感じる詩です。
「(お)てんと」と「(お)使い」、「(そ)ろって」と「(そ)ら」、「(み)ち」と「(み)な(み)」。それぞれの詩行の畳韻は、たぶん無意識に音を探しながら言葉をさがす詩人の心に浮かびえらばれた言葉だと思います。
七五調のリズム感が、お話、童謡の、優しさをもたらしています。
各詩連は初めに同じ言葉「一人」から入って変化していて、繰り返しの安心感と、展開への期待感を、生んでいます。
作品の内容からは、最後に「影」を忘れないのが、みすゞの詩人の感受性がほんものだと、教えてくれる気がします。
明るさと暗さ、喜びと悲しみ、どちらも大切なものとして感じ歌うのが、詩です。
日の光
金子みすゞおてんと様のお使いが
揃って空をたちました。
みちで出逢ったみなみ風、
(何しに、どこへ。)とききました。
一人は答えていいました。
(この「明るさ」を地に撒くの、
みんながお仕事できるよう。)
一人はさもさも嬉しそう。
(私はお花を咲かせるの、
世界をたのしくするために。)
一人はやさしく、おとなしく、
(私は清いたましいの、
のぼる反り橋かけるのよ。)
残った一人はさみしそう。
(私は「影」をつくるため、
やっぱり一しょにまいります。)
最後に、彼女の
寓話性、おとぎ話の魅力です。
私は優れた
暗喩は、「言葉の意味は捨てずに、書かれていないものまで呼び起こし想いを馳せさせる」表現だと思います。比喩が暗示するものは伝えたうえで、寓意は読者の自由に委ねることで無限に拡がってゆきます。
モダニズムの詩や現代詩がつまらないのは(西欧翻訳詩のマネが多い点は無視しても)、暗喩の段階で読者をはねつけ拒み、言葉の意味を捨てた作者しかわからない飛躍の積み木を喜ぶ稚拙な独りよがりに陥っているからです。意味と表象のつながりを潰した瓦礫のわからなさを得意顔で自慢するのはもうやめたほうがよいと思います。
つぎの詩は誰でも、書かれている言葉の意味がわかります。そのうえで、書かれていないことを伝えようとしているのだと、読者は感じて、想い・想像力がひろがってゆきます。
本当に優れた
詩情、ポエジーとはこのように、やわらかく、やさしく、それでいて無限に広がってゆく想いを、呼び覚ましてくれるものです。
一人の読者としては、この詩の最終連に、みすゞの抵抗の気持ちを感じ、悲しみが心に沁みてきます。でも、わたしもきっと「下へ、下へと、」同じことをするだろうと、このざくろの気持ちになって共感しています。
ざくろにもなれる。詩って、おもしろいなと、ますます好きになります。だから、みすゞの詩が、私はとても好きです。
ざくろ
金子みすゞ下から子供が
「ざくろさん、
熟(う)れたら私に
くださいな。」
上からからすが
「あほかいな。
おさきへ私が
いただこよ。」
あかいざくろは
だんまりで、
下へ、下へと、
たれさがる。
次回も、女性の詩人の作品に心の耳を澄ませてみます。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年
3月11日、
イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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