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佐相憲一の詩。ひとと詩が好きな、心からの声。

 今年読むことができた心に残る詩集について前回に続き記します。
今回は、詩人・佐相憲一(さそう・けんいち)の詩集『時代の波止場』(2012年12月、コールサック社)です。
 彼はコールサック社で編集者としても詩をひろめる仕事で活躍していますが、その姿に一番感じるのは、彼は詩が本当に好きだな、詩を愛するひとが好きだなという思いです。詩人とはこのような人間じゃないかと私は思います。
 このことと結びついていますが、この詩集を読んで私が一番強く感じ思ったのは「爽やかさ」でした。読んだ後、爽やかな気持ちになれる、何かしら元気を感じとれる、そんな詩集が私は好きです。でもなかなかめぐり合うことはできません。

 苦しいできごと、悲惨な歴史、社会の過酷さ、歪みを直視することは難しいことです。人間の歴史、社会の歪みと矛盾と不正は、昔も今もあふれていますが、為政者は隠し都合で歪曲します。絶望、悲嘆、嘆き、叫びを発して死んでゆくひと、そのひとに寄り添い、押しつぶされ揉み消されようとする良心を掘り起こし声にすること、苦しみ悲しみをともにしたいという願いを抱くひとを私は尊敬し、大切に思います。

 そのうえで、詩人は自分がまだこの世界に生きていこうとするなら、絶望を直視してもその向こうに願いを、暗闇のただなかでも光を、嘆きと苦悶のうちにも微笑みを、疲労と疲弊の底でも童心の歌を、孤絶と格差と差別に凍えながらも友情や思いやりや恋や愛を、探し、見つけ、灯し、浮かべる、そのような言葉をこそ、生み出す者であってほしいと考えています。私自身がそのような書き手でありたいと願います。

 この詩集の中から選んだ詩「恋」は、まずタイトルがいいです。心優しいこの言葉が現代詩にはなかなか見当たりません。
 「ひと と ひと」という言葉に、ひとりひとりの心を感じとるまなざしを、また「女と男」と自然に書く詩人に、「男と女」凝り固まった序列と固定観念を溶かそうとする柔らかな優しい意思を感じて共感します。
 この詩人は子ども好きだから、詩行から子どもの笑顔が輝きだしているのも心が元気づけられます。

 9連で共感するものとして歌いあげられているナマケモノ、カバ、イルカ、ファーブル、画家、無名詩人、平和を唱えた人、愛しあう男女、太陽系に、この詩人の、実利や物欲や力ではない、優しいものたちを見つめ大切に思うこの青年の心のあり方を感じます。だから「爽やか」なのだと思います。

 生きているひとりひとりにとって大切なものは、冷戦や国家、国境、民族のような枠では閉じ込めることができないんだと、もっと自然なこころで生きたいんだという願いを、恋、うた、くちづけ、かなしみ、という体温が伝わってくる言葉を織り込んだ優しい詩句で歌っているこの詩は、とても美しく、良い詩だと私は感じます。

  
        佐相憲一


星から生まれたとは意識しない暮らしの空で
今日、生まれる関係

地球の形をした眼球の海に
まなざしの波
ほほえみの風

ひと と ひと が
向かい合っている

人類なんて意識しない日常の砂浜で
今日、ふたりは人類である

流されたかなしみを流さずに
押しつぶされたくるしみを押しつぶさずに

女と男が
夢を見ている

出会いは本当に偶然の回転だろうか

いくつになっても
小学校の放課後の
チョコレートを渡す女の子の白い歯と
はにかんでありがとうの男の子

愚かという言葉は美しい
樹の上で遠いまなざしのナマケモノのように
水面に顔を出してまばたきするカバのように
いつまでも童顔で海渡るイルカのように
小さな虫の姿におののくファーブルのように
お金にならない絵を描き続けた画家たちのように
何の得にもならない文学にこだわって
ひとの心をしるす無名詩人たちのように
どんな妨害にも平和を唱え続けた人たちのように
どんな時代にも国境越えて愛し合った男女のように
愚直にすすむ太陽系
命のあたりまえを実践することだ

星になるのは死んでからではない
いま女と男が
言葉を発する入り口をくちづけて
存在が体ごとつながる時
星のかなしみが抱きしめられる

朝焼けと夕焼けは
そんな男女の対面のようだ
すれ違っているようで向かい合っている
違うニュアンスのようで同じ太陽に染められる
東西冷戦はありえない
南の空にも北の空にも同じキムチ
日の本も漢字のくにと風でつながる

<愚かなり我が心>
そんな恋のうたがあった
さまざまな音楽家に演奏され愛聴されるのは
兵士が兵士であることを忘れるから
国家人が生活人であることを思い出すから
会社員が人間であることを思い出すから
孤独なひとが恋を思い出すから
恋するひとが自分自身を感じとるから
ひとの心が
生きていることを思い出すから

永遠の混血児たち
地球じゅうにひろがった
ときめきの記憶

今日もまた
新しい恋が
かなしみにくちづけしている


この詩のほかにも、心を揺らしてくれる作品がこの波止場には、波打っています。そのうち、次のような作品が私は特にいいなと感じました。
 詩「帰り道」
 マッチ売りの少女。孤独な北欧詩人の豊かな童話。物語。ひとのこころ。私も敬愛するアンデルセンを思う素敵な詩句が心に響きます。
 詩「波音 Ⅲ」
 詩人の自伝的な作品で、横浜の街、時代の背景に生きた「母さん」への想いに心打たれます。
 詩「波音 Ⅴ」
 大阪弁の詩です。大阪港の波の音のように、心やさしい大阪のこどもたちの元気な声と詩人との会話が聞こえてきます。
 詩「波音 Ⅵ」
 高校時代の国語の先生との、古典を通した心の交流、織り交ぜられた思い出の懐かしい情景はあたたかです。
 詩「夏の匂い」
 恋人との時間に食べ物でふれた隣国、「こんなおいしいものをつくる人たちと戦争は嫌だ」という詩句、昆虫や動物への優しい思いに、とても共感する好きな詩です。

 読み終えて、詩はやっぱりいいな、私は詩が好きなんだ。そう、当たり前に感じさせる力のある、とても良い詩集だと感じるのは、彼の社会的な批評も創作もヒューマニズム、ユマニスムに深く根差していて、さらにそ

れを育んでくれている生き物、宇宙への思いが息づいているからだと感じます。

 次回も、私の好きな詩人の好きな詩を見つめます。

 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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