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田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(一)生と死の狭間

 詩人・田川紀久雄が今年2月20日に上梓した詩集『遠ざかる風景』から、私の心にとくに響いた詩作品、詩句をとりあげ、呼び覚まされた私の詩想を記します。主題ごとに、全5回です。

 初回に感じとる作品は、詩「生と死の狭間(抄)」と詩「弥勒菩薩像(抄)」です。
 詩集からの引用を感じとりながらその前後に、☆印をつけ私の詩想を織り込んでいきます。

 最初に、詩集の「あとがき」に記された詩人の想いをみつめます。

あとがき
(略)大切なのは心に響くということではなかろうか。
(略)相手に伝えたいという願いがあればおのずから誰でも読んで分りやすい詩を書くようになる
 私の場合、詩集を上梓してそれで終わりではない。そこから詩語りという表現を求めてゆく。
(略)少しでも人の心に響く語りを行いたいと思って努力するしかない。(略)

☆ ここには私が詩にとって一番大切だと思っていることが書かれていて共感します。ひとつは、「大切なのは心に響くということ」、詩は心の感動です。書き手自身の心に生まれ響いた、書かずにはいられない想いです。
そして「相手に伝えたいという願い」であることです。言葉にし、書くという行為には、伝えたい人、相手、読者がいます。
 たとえば詩人の高村光太郎は、自分の詩をまず誰よりも読んでもらいたい人、智恵子がいた、そのことが詩を生む原動力だったと記しています。私も心に響き良いと感じる詩は、「恋文」「ラブレター」だと感じます。愛する人への、人間への。伝えたいという願いこそ、読者の「心に響く」のだと私は思います。
 田川紀久雄は、伝えたいという願いを強く抱く詩人です。ほとんどの詩人は書き、発表する行為に生きますが、彼はそのうえで、詩集を何度も繰り返して朗読する練習をし、「詩語り」という声でも、伝えようとします。その情熱の強さには心をうつものを私は感じます。

☆ 田川紀久雄は数年前に、末期癌の宣告を受けました。彼はそのときから、新しい詩人として生き始めました。詩「生と死の狭間」の言葉は、今も闘病を続けている彼の意思、「いのち」を詩の主題に、それだけを執拗にみつめ言葉にする、彼の決意表明です。心に響きます。


 生と死の狭間
         田川紀久雄


生きようという心があれば
どんなに困難な状況でも
いのちはあなたを応援してくれる

私は生きた
生き抜いてきた
死の淵から生還できた
その時
あと半年のいのちと言われても
一度も死ぬ事を考えなかった
死ぬことを考えないことが
生き抜く秘訣である
確かに生のあるものには
かならず死が訪れてくる
それは今じゃない
(略)

先生もう抗癌剤は打たないでください
と私はある日突然いいだした
治療が無くなれば退院するしかない
ガン細胞は一向に減る様子はない
あとはどうにでもなれ
生と死の狭間の中で
生きようという心があれば
どんなに困難な状況でも
いのちはあなたを応援してくれる
そう信じるしかこの先はどうすることもできない
いのちはひかりを求めて
明日に向けて歩き出した
             (二〇一三年四月九日)

☆ 私は父を数年前、癌で亡くしました。抗癌剤は父の意思で使用しましたが、結果的に命を縮めてしまったことに、もっと助言や何かをできなかったのかという悔いを抱いています。
 闘病しつつ、猛烈に毎日詩を書き、次々に詩集を上梓し、詩語りを続けている、田川紀久雄の言葉は、心に響きます。
 いのちをみつめるとき人は、信仰のほとりにたたずんでいることに気づきます。詩「弥勒菩薩像」はそのとき、心に響いている言葉を感じ、掬いあげた詩です。


 弥勒菩薩像
        田川紀久雄


仏の微笑みは
絶望した者たちへの憐みの表情なのだろうか
それとも慰めの為の表情なのだろうか
吹雪く中を歩いている心は
痛みに耐えようとする
一歩一歩前に進むことによって
この吹雪の寒さもなんとか耐え凌(しの)ぐことが出来る
(略)

あの微笑みは
やはり人間に対しての憐みでしかなかったのでは
吹雪の中を独り歩く
孤独だけを抱きしめて
あの仏の微笑みを求めて
あてどなくこの世を歩き続けるのだろうか
          (二〇一三年四月十七日)

☆ 哀しい問いかけの詩です。人間にできるのは、問いかけることだけかもしれないと、感じます。哀しみが、そのひとの心の真実から沁み出したものだと感じるから、心に響きます。
 田川紀久雄の心は、痛ましいほど、激しく浮き沈みします。
 「一歩一歩前に進むことによって / この吹雪の寒さもなんとか耐え凌(しの)ぐことが出来る」と言い聞かせたとたん、「あの仏の微笑みを求めて / あてどなくこの世を歩き続けるのだろうか」と問い、嘆きます。
 矛盾だらけです。でもそれが、人間の心であり、心の声、詩であると、私は心に彼の言葉が響くのを知ります。

◎出典:田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(2014年2月20日発行、漉林書房)

次回も、田川紀久雄の詩、東日本大震災へのまなざしを感じとります。



 ☆ お知らせ ☆

 『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。
(A5判並製192頁、定価2000円消費税別途)
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☆ Amazonでのネット注文がこちらからできます。
    詩集 こころうた こころ絵ほん

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。
絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
    こだまのこだま 動画


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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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