高畑勲監督作品の
映画『かぐや姫の物語』を観て感動したこと、古典の
『竹取物語』を読み返して感じとれた思いを前回記しました。
どちらの作品においてもそのクライマックスである、かぐや姫が月へと昇天する場面の『竹取物語』原文の、前回に続く箇所を引用し、感じとります。
映画『かぐや姫の物語』では、天女たちが迎えにくるこの場面を、日本の古典楽曲の柔らかな美しい調べに包んで描き出しています。かぐや姫と、竹取の翁、嫗が、引き裂かれる別れの場は、原作に忠実で、痛切です。
原作も映画もここでは、もっとも人間らしい感情を響かせていて、心打たれます。
『竹取物語』が創作物語として、人間の心、思い、感情を、強く浮かび上がらせた作品だということを、私は今回の引用箇所に感じずにいられません。
そのことは人間の心に生れ出る特に強い感情が込められた、次の三つの言葉に美しく結晶し、月のひかりに照らし出されているかのようです。
あはれ。いとほし。かなし。これらの言葉が美しく咲いている原文を抜き出してみます。
「あはれ」。原作『竹取物語』ではその創作時代を背景に、かぐや姫が最後に愛の思いを告白する対象者は帝(みかど)です。
(映画では原作にはない、かぐや姫の、幼なじみの男の子への思慕、恋、愛、結ばれない悲しみの挿話を、高畑監督は創りあげていて、私個人は映画の設定のほうが好きですが)。
『竹取物語』に生きる、
かぐや姫の、人間の、女性として、最期の哀切きわまりない歌。人間として死に、天女として生まれる、最期の人間らしい、愛の歌。
今はとて天の羽衣着るをりぞ
君を
あはれと思ひいでける
「あはれ」。愛。本居宣長が『源氏物語』の魂という「ああ」と漏れ出る声。
言葉にならない、胸が痛むほどに、あふれもれでる人間の、肉声が、かぐや姫の、涙がかがやいています。美しく、悲しい歌です。
[天人が]ふと天の羽衣[姫に]うち着せたてまつれば、[姫は]翁を「
いとほし【悲嘆を、いたいたしくて見ていられない】、
かなし【どうしようもなく切なく、愛着を覚える】」と思(おぼ)しつることも失(う)せぬ。
天の羽衣を着せられ「もの思ひ【人間的な感情】」を忘却する直前、極みの瞬間の、かぐや姫の、竹取の翁と嫗への感情が、「いとほし」、「かなし」これら二つの言葉に凝結しています。別れの、悲痛な、叫びが、月のひかりに、瞬間を永遠にとめてしまうかのようです。
私は、紫式部が『竹取物語』に深く感動し、影響を受け、『源氏物語』にその名を書き記した思いに共感します。『竹取物語』は、創作者が人間を描きあげた、日本文学に生まれた美しい少女、かぐや姫です。月のひかりのように心を照らしだしてくれます。
● 以下は出典からの引用です。[ ]は補足された言葉、【 】は現代語訳、( )は読み仮名です。天人(てんにん)の中に持たせる箱あり。天(あま)の羽衣(はごろも)入れり。またあるは【もう一つの箱には】、不死の薬入れり。(略)[ある天人]御衣(みぞ)を取り出でて[姫に]着せむとす。その時、かぐや姫、
「しばし待て」と言ふ。「衣(きぬ)着せつる人は、心異(こと)になるなり【地上の人間とは違った心を持つようになるのだ】といふ。もの一言(ひとこと)、言ひ置くべきことあり」
と言ひて、文(ふみ)書く。天人、
「遅し【早く】」
と、心もとながり【いらいらする】給ふ。かぐや姫、
「もの知らぬ【情理を解さぬ】ことなのたまひそ」
とて、いみじう静かに【まことに静々と】、おほやけに【帝に】御文たてまつり給ふ。あわてぬさまなり【落着いた様子である】。[かぐや姫]
かくあまたの人を賜ひて【派遣なさって】、止(とど)めさせ給へど、許さぬ迎へ【拒みようがない迎えが】まうで来て、取り率(ゐ)てまかりぬれば、口惜しく悲しきこと【私としてはどうすることもできず、ただ自分の運命を嘆き悲しむほかありません】。宮仕へつかうまつらずなりぬるも、かくわづらわしき身にて侍れば【いろいろ問題の多い身の上でございますので】。心得ず【けしからぬと】思(おぼ)しめされつらめども、心強く【強情に】、[お言葉を]承らずなりにしこと。なめげなるもの【無礼な奴と】に思しめしとどめられぬるなむ【ご記憶におとどめ遊ばされてしまったことが】、心にとまり侍りぬる【心残りでございます】。
とて、[かぐや姫]
今はとて天の羽衣着るをりぞ
君をあはれと思ひいでける
【今はこれまでと天の羽衣を着るこの時に、心に思い浮べているのはあなたの面影で、こんなにも私の心にはあなたへの愛情が育っていたのかと、今さらにしみじみ感じています。】
とて、壺の薬そへて、頭中将(とうのちゅうじやう)呼び寄せて、[文を帝に]奉らす。中将に、天人取りて伝ふ。中将取りつれば、[天人が]ふと天の羽衣[姫に]うち着せたてまつれば、[姫は]翁を「いとほし【悲嘆を、いたいたしくて見ていられない】、かなし【どうしようもなく切なく、愛着を覚える】」と思(おぼ)しつることも失(う)せぬ。この衣(きぬ)着つる人は、もの思ひなくなりにければ【人間的感情が失われてしまうのだったから】、車に【飛ぶ車に】乗りて、百人ばかり天人を具(ぐ)して、[天に]昇りぬ。
出典:『竹取物語』(野口元大・校注、新潮日本古典集成) 終わりに、かぐや姫に捧げた私の新しい作品を、『竹取物語』に寄り添わせ咲かせます。芸術はこだまする。
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