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田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(三)哀しい時は泣くしかない

 詩人・田川紀久雄が今年2月20日に上梓した詩集『遠ざかる風景』から、私の心にとくに響いた詩作品、詩句をとりあげ、呼び覚まされた私の詩想を記しています。主題ごとに、全5回です。

 3回目の今回に感じとる作品は、詩「旅人の夢(抄)」と詩「つらい心はいのちのいのり(抄)」です。
 詩集からの引用を感じとりながらその前後に☆印をつけ私の詩想を織り込んでいきます。

☆ 詩集『遠ざかる風景』には地下深く流れる水音のように、鎮魂の響きが沁みわたっています。田川紀久雄は本質的に「哀しみ」の人、詩人だと私は感じます。末期癌の宣告を受けてなお、闘病しながら詩に生きようとし続けているいま、「哀しみ」は泉のように地に溢れだし、どの詩にもよどみなく流れ出しています。
 今回の2篇は、彼の哀しみが、鎮魂歌、いのりとなり、美しく心に響きます。どうか、亡くなられた方々へ届きますように。

 旅人の夢
        田川紀久雄


哀しみがいのちを育ててくれる
でも哀しみがまたいのちを滅ぼしてしまう
愛しい人の死は人生の中でもっとも哀しい
一人になった者は旅人となって
暗闇の世界を彷徨(さまよ)うしかない
はたして哀しみを癒してくれるものと出遭えるのだろうか
(略)

多くの哀しみがぼくを成長させてくれた
どのような人間になっていけるのか
苦しめば苦しむほど
人が幸せであるように祈らずにはいられない
一人でもこの世の不幸から救いだしたい
それなのに何を成すべきか見いだせないまま
夜の旅人となって心の闇を旅するばかりで

夜空の星を眺める
無限に広がる大空
心が癒されていく
涕が自然に湧き上る
孤独に包まれているのに
なんと気持がいいことか
ぼくの背後では多くの人達が
夜空を眺めている
星の数ほどの孤独の魂が
旅人となって彷徨い続けている
(略)

闇の中にはかならず越えられる境界線があるはず
その地点がどこに存在するのか誰にも解からない
亡くなっていった人たちの魂が
闇の中で足許に灯りを照らしてくれている
生きているものたちに
死者の魂は生きる事に声援を送っている
(略)
                 (二〇一三年四月二日)

☆ 田川紀久雄は、「苦しめば苦しむほど / 人が幸せであるように祈らずにはいられない」と書きます。おそらく、なぜそう感じるのかわからない人、偽善ではないのかと疑う人が、いると私は思います。

 私は真の宗教者がそうであるように、真の詩人は社会的にみれば、異常悲哀反応者だと思っています。「異常悲哀反応」とは精神病理学の用語で、一般の生活者が、過酷な悲哀の感情に落ち込んだあと、時間の経過とともに悲哀は薄らいでゆくことで日常生活に復帰できるのに対して、いつまでも悲哀の感情から立ち直れない精神状態、心のありかたです。ですから、その精神状態は、日常生活では齟齬、軋轢を生みがちで、本人はとても生き辛さを感じずにはいられません。

 真の宗教者、真の詩人は、「異常悲哀反応」を抱えそのような心のあり方でしか、生きられない人、それでもその心で生きようとする人だと、私は思います。彼は群集、多くの人々が浮かれ騒いでいるときにも、そこにひとりの悲しんでいる人がいたら、我慢できずに心が悲しく痛む人です。田川紀久雄はそのような詩人です。

 彼が書かずにはいられなかった詩句「亡くなっていった人たちの魂が / 闇の中で足許に灯りを照らしてくれている」、この言葉は、亡くなっていった人たちの魂へも、向けられています。このように想い、捧げずにはいられなかった言葉だからこそ、この詩は、いのり、鎮魂歌となり響いていると、私は心に感じます。


 つらい心はいのちのいのり
           田川紀久雄


哀しい時
いまがどん底だと思えば
気が幾らかでも楽になれる

明日という日は
哀しみの続きの日ではない
明日は今日よりより良い日の為にある

哀しみに打ちのめされていては
誰もあなたの心に灯火(ともしび)を照らすことができない
まず自分の心の窓を少し開けてみよう

まわりを見渡せば
哀しんでいるひとはあなただけではない
だれもがこの世の無常の中にいる

その中で寄り添う人を見いだせれば
この世の無常も
まんざら悪いものでもない

哀しいから
愛が生まれ
生きる希望がもてる

世の中は
つねに不条理なもの
哀しい時は泣くしかない

哀しみの涕(なみだ)は
いのちの涕
その涕が他者のいのちに触れ合う

自己を捨てる
相手の哀しみの涕に
想いを馳せることが出来る

いのちに向って
お互いの手を取り合うことができる
灯火が相手のいのちの道標になれる

哀しみがあるから
人は前に向って生きられる
不幸はあなたのいのちを救ってくれる
              (二〇一三年四月十四日)

☆ この詩は「あなた」に語りかけていますが、あなたはまず田川紀久雄、自分自身です。彼は自分に言い聞かせています。
 彼の詩句「いまがどん底だと思えば / 気が幾らかでも楽になれる」、この言葉に偽りも嘘も感じられないのは、田川紀久雄自身が、この数年間、末期癌と貧困という、どん底でもがいているからです。
 だから、私は「哀しい時は泣くしかない」という詩句に、詩人の涙のひかりを感じます。彼の心は泣きながら、祈っています。

 「哀しいから / 愛が生まれ / 生きる希望がもてる」
 「哀しみがあるから / 人は前に向って生きられる / 不幸はあなたのいのちを救ってくれる」

 彼自身のために、ともに生き、悲しみ泣いている心とともにふるえる涙、鎮魂の歌、いのりです。

◎出典:田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(2014年2月20日発行、漉林書房)

次回も、田川紀久雄の詩、福島原発事故の人災へのまなざしを感じとります。


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    詩集 こころうた こころ絵ほん

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。
絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
    こだまのこだま 動画


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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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