私の折々の想いをツイッターにしたためた言葉から、似通う色合いのものを、詩想としてまとめています。
今回は「一市民として3」、
偏狭に歪み暴力的になりつつある社会での私の率直な想いです。 ☆
国くにクニって、声高に叫ぶ為政者ほど、その地に生活している人など、ほんとはどうでもよくて、自分が儲けて名をあげ欲望むさぼることにだけ、血眼。だから人間の顔に、もう見えない。
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委ねられた、半分前後の、意志を、省みる能力も意志もないものを、議会制民主主義社会の、代議員なんてよべるか? 首相、総理、値しない名に恥じろ。
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マッチョを装い、若者を煽る、偉いとうぬぼれる人たちは、もうみんな年寄りだから、自分が死ぬ気は、さらさらない。お国のため、死ね。命じた自分たち党派の栄誉と儲けのために、平民の若者は散れと、若者の「肉弾」、砕かれる肉体と心と願いを、利用しようとさかしらに、企んでるだけ。
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人間性、人柄、職能に、すぐれ、まじめに、ともに社会生活する者に向き合い対応努力してくれる、なら、心素直に、わたしは、先生と呼びます。けれど、政治屋としか呼べないもののわめく声ばかり聞こえるのが、一生活者として、とても不快。
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一市民として。武器は人を殺す道具。そんな物、作り、売り、輸出するなんて、人間として、あさましく、愚かで、とても恥ずかしいことだ。
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わたしはわがままなガキ大将は退場させたい。威を借りて追従する取り巻きを引き連れて。独善は退行
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幼稚化していて、退行していて、ガキ大将と取り巻き追従者が、学級崩壊めざしてわめいていると、感じてるひと、おおい。限度をわきまえるのが、社会で生活する成人。子どもに有害な見苦しい振舞いが、教育か? 未来か?
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被虐歴史教育という呼び名は、恥を知る文化の美徳を、恥を感じない厚顔無知な動物が、貶しているつもりの、別称だから、鏡に写る顔をまず見ろ、人間の顔に戻ってから話せと、言いたい。
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道徳という看板に隠して、国家のため肉弾になることいとわない奴隷製造機関が学校として望ましいとしか思わない動動物マッチョ軍団、教育の名をおとしめるな。
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どの企業でもやってないけど、たとえやっていたとしても、利益の追及に死に物狂いの、株式会社の目的だけが、価値観の全てだとしか考えられない者に、多用な価値観を生かすために払われてる公共の仕事、無理。任命者の見識と責任、ふつう問われて、やめるよ、どの企業でも。
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汚濁にまみれた言葉、ごめんなさい。美しい言葉の種を、芽吹かせ、咲かせるための、肥料だから、ゆるしてください。
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やっと春です。いろとりどりの草花が咲き香る野のように、個性の花々がのびやかに花開きあう社会でありますように。踏み荒らされないように、一市民として、努めたいと思います。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日、
イーフェニックスから発売しました。
(A5判並製192頁、定価2000円消費税別途)
☆ 全国の書店でご注文頂けます(書店のネット注文でも扱われています)。
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Amazonでのネット注文がこちらからできます。
詩集 こころうた こころ絵ほん イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。
絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
こだまのこだま 動画
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