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土岐善麿。古泉千樫。吉井勇。歌の花(四)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性的な歌人たちの歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせた歌人を私は敬愛し、歌の魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 土岐善麿(とき・ぜんまろ、1885年・明治18年東京生まれ、1980年・昭和55年没)。

手の白き労働者こそ哀しけれ。
 国禁の書を
 涙して読めり。       『黄昏に』1912年・明治45年

歌といへばみそひともじのみじかければたれもつくれどおのが歌つくれ  『空を仰ぐ』1925年・大正14年
上舵、上舵、上舵ばかりとつてゐるぞ、あふむけに無限の空へ  『作品Ⅰ』1933年・昭和8年
遺棄死体数百といひ数千といふいのちふたつをもちしものなし  『六月』1940年・昭和15年
あなたは勝つものとおもつてゐましたかと老いたる妻のさびしげにいふ  『夏草』1946年・昭和21年
子らみたり召されて征(ゆ)きしたたかひを敗れよとしも祈るべかりしか ◆同上

◎この歌人の歌にこれまで出会う機会が私にはありませんでしたが、心の深い、心に響く歌をいいなと感じます。
◎一首目は、大正デモクラシーの前夜の時代の歌。「労働者」「国禁の書」という言葉が時代と社会を刻みます。石川啄木の晩年の詩「はてしなき議論の後」と木魂しあっています。
◎二首目は、「無限の空へ」向かう躍動感が新鮮です。
◎三首目は、心にいつも忘れず刻みつけていたい歌。戦時中の歌です。政治も戦争も人間を「数字」としてしか見ず扱わず、「ひとりひとりのいのち」に関心をもちません。詩歌は「ひとりひとりのいのち」からこそ生まれる歌、そこからしか生まれません。この歌の心をもつ人が文学を知る人だと私は思います。
◎四首目と五首目は、敗戦後のとても苦く、心に痛い歌。その場にいなかった者が、事後的に安全な場所から、小賢しく批判することに私は同調しないし、好きではありません。このような苦しい思いをまず聞き、受け止め、自分がそのような状況に置かれたときどうするか、そのような状況に置かれないようどうするか、考えることのほうが、よほど大切なことだと思います。

■ 古泉千樫(こいずみ・ちかし、1886年・明治19年千葉県生まれ、1927年・昭和2年没)

朝なればさやらさやらに君が帯むすぶひびきのかなしかりけり  『屋上の土』1928年・昭和3年
しみじみとはじめて吾子(あこ)をいだきたり亡きがらを今しみじみ抱(いだ)きたり
たたなづく稚柔乳(わかやはちち)のほのぬくみかなしきかもよみごもりぬらし

◎三首とも人肌のあたたかみがそのまま包んだ心のぬくもりが、伝わってくる、人間味の匂う静かなとても良い歌、愛(かな)しみを知り歌う、すぐれた歌人だと感じます。
◎一首目は、愛する女性が朝、和服の帯を結ぶ時間を歌います。その絹がすれあう音の表現「さやらさやら」という詩句はとても美しく耳元に聞こえてくるようです。下句も「ひびきのかなしかりけり」とひらがなで表記していることで、歌全体が、旋律のように、静かな調べを奏でています。この歌の「かなし」は、「愛し」、悲しさと愛のまざりあった思い、愛(いと)しさと切なさを奏でています。
◎二首目は、子を亡くした悲しみの歌。自らに言い聞かせるように、静かに繰り返されるふたつの詩句、「しみじみ」、そして「いだきたり」の調べは、悲歌そのものです。二回目の「今しみじみ」を六音で字足らず(「と」を省略)にしていて、一音の無音に想いが余韻となって沁み響きます。続く最後の詩句を「抱(いだ)きたり」も漢字表記で詩句を強めています。
◎三首目は、愛する妻の美しい乳房のぬくもりに、妊娠した愛(かな)しい喜びを感じとっている歌。「たたなづく稚柔乳」という詩句は古風ですが、乳房の柔らかな山のような優しいまるみを、思い浮かばせてくれます。表記は稚柔乳だけ詩行に埋もれないよう漢字としながら、他はすべてひらがなで、やわらかな形の表音文字の特徴そのままに、言葉の調べ、静かな音楽が、心にしっとりぬくもりを伝えてくれます。

■ 吉井勇(よしい・いさむ、1886年・明治19年東京生まれ、1960年・昭和35年没)。

叱られて悲しきときは円山(まるやま)に泣きにゆくなりをさな舞姫  『祇園歌集』1915年・大正4年
気のふれし落語家(はなしか)ひとりありにけり命死ぬまで酒飲みにけり  『毒うつぎ』1918年・大正7年

◎一首目は、花柳界にいりびたった歌人の、京都の祇園の舞妓の歌集からですが、この歌はまだ幼さが残る女性の悲しみを思う気持ちが素直で、心に響いてきます。
◎二首目も、デカダン、退廃的、頓狂な生き方しかできなかった落語家が亡くなったときの悲しみの歌。生き様への共鳴と自分に重ねる思いの強さが、響いてきます。
 二首の歌を通して私は、どのような生き様から生み出されるに係わらず、歌が他者の心にまで響き沁みてゆく、その一番のちからは、込められた思いの強さ、切実さ、真率さだと、とても当たり前のことを、改めて強く思います。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

 ☆ お知らせ ☆
 『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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