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森岡貞香。宮英子。武川忠一。歌の花(十六)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。
 
 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 森岡貞香(もりおか・さだか、1916年・大正5年島根県生まれ)。

いくさ畢(をは)り月の夜にふと還り来し夫を思へばまぼろしのごとし  ◆『白蛾』1953年・昭和28年

◎この歌は、月の夜の情景が物語のようですが、その雰囲気をかもしだしているのは、母音オO音の落ち着いた穏やかな音色です。「ikusaOwari tsukinOyOnifutO kaerikOshi OttOwO OmOeba maborOshinOgOtOshi」、子音に見え隠れしながらも基調音を奏でています。敗戦直後の女性の心の景色に包まれる気がします。

つくづくと小動物なり子のいやがる耳のうしろなど洗ひてやれば  ◆

◎母親が子に感じる感覚と感情の微妙な単純には表しがたいものを伝えてくれる歌です。「小動物なり」という詩句に、そのあらゆる感情が湛えられていて、心に響きます。

厚き壁の外なる雨音あふれ来て卒然乳までの水深となる  ◆

◎不思議な体感感覚と心模様の歌だと感じます。音調のうえでは、上句は母音アA音が基調音で「AtsuKiKAbeno sotonAru AmAotoAfureKite」雨音のあふれるイメージに溶け、くっきり鋭い子音K音が耳に残ります。下句はイメージとともに音楽も急に転調していて、「SOTSUZeN CHICHImadeNO SUISHIINtONarU」、母音は少し沈んだウU音とオO音と、細く息を吐く子音S音、Z音、CH音、こもるN音が調べの主音となっています。詩語の「乳」は意味・イメージとともに音もCHICHIと際立ち浮かびあがっています。心象風景の歌はイメージと音色の織物だと気づかされる歌人です。

● 宮英子(みや・ひでこ、1917年・大正6年富山市生まれ)。

坐りゐるわれのうしろに畳擦る幼子きこゆ這ひて来しゆゑ  『婦負野』1969年・昭和44年

◎穏やかな七五調の三十一音で、「ゐるirU」「擦るsurU」「きこゆkikoyU」と押韻して、最後は「ゆゑyuE」と変化し印象を強めています。音で幼子のハイハイを感じとる母心があたたかい歌です。

生きたまへ刹那刹那の呼気吸気ひた目守(まも)りゐつ生きたまふべし  『花まゐらせむ』1988年・昭和63年

◎生死の境をさまよっている愛する人への生きていてほしいという願いが強く心をうちます。初句の「生きたまへ」を終句ではさらに強めた言葉「生きたまふべし」ともう一度いい聞かせます。与謝野晶子の「君死にたまうことなかれ」の強い願いとこだましているように聞こえます。
「刹那刹那」「呼気吸気」は漢字の短く固まりあう印象と「せSE」「つTSU」「こKo」「きKi」どれも鋭く息を吐く音の強さで、切迫感を高めます。全体の基調音とちりばめられた母音イI音の音色が緊迫感の一貫させ支えています。

木犀の香にいざなはれ遊歩道ひと木の立てば夫のまぼろし

◎香りがたちこめ、イメージが美しく浮かびあがる悲しみの歌です。木を「もく」「き」と別音で読ませて並べ、漢字の字形の似通う「木」と「夫」を並べ、「ひと木」の「ひと」の音に「人」を微かに類想させます。終りの詩語「まぼろし」をひらがなにしているのも、その柔らかな細い曲線が意味・イメージと一致し、表音で一音一音のつぶやくように、悲しみの詩情を深めています。

■ 武川忠一(むかわ・ちゅういち、1919年・大正8年、長野県生まれ)。

何時いかなる旗にも従(つ)かずとまた思いいよいよ心愉しまずにいる  『青釉』1975年・昭和50年

◎意思と情感のストレートな表出ですので、好き嫌いが分かれる気がします。生き方において私は共感する思いを抱いているのでここに選びました。

沖にゆく盆燈籠の長きかげくやしき生を人は流るる

◎上句で描き出した情景に、下句で想念を流し込み重ね合わせ溶けこませ流れてゆくような歌です。
上句だけとれば俳句になります。俳句は続く想念や情感は言葉にしないで余情として感じとらせます。私個人は下句の思いが書かれ歌い伝えようとする姿が好きです。ですから、短歌を好むのだと思います。

ずるずると抜くどくだみどくだみのど音だ音が臭いを発す (ど音、だ音、の「ど」「だ」に傍点)  ◆『翔影』1996年・平成8年

◎言葉の音楽、音色とリズムが強烈で、歌われている対象の「どくだみ」の臭いの強さをよく表しています。
「ZUrUZUrUtOnUkU DOkUDAmi DOkUDAmiNO DOOnDAOnGa」。ここまで母音はウU音とオO音がドラムの音色のようなリズムを生みます。「ずZU」「どDO」「だDA」と濁音を連続させて、濁り、臭み、苦味の感覚を強く放出させていて、独特な調べの歌だと思います。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

 ☆ お知らせ ☆
 『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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