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清水房雄。加藤克巳。田谷鋭。歌の花(十五)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。
 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 清水房雄(しみず・ふさお、1915年・大正4年千葉県生まれ)
 
小さくなりし一つ乳房に触れにけり命終りてなほあたたかし  ◆『一去集』1963年・昭和38年
部屋すみの畳に弁当を食ひをはる吾が幼子は涙たれつつ  ◆

◎2首ともに、愛する妻を病いで亡くした悲しみの詩。
一首目は「一つ乳房」という詩語に乳癌のやるせない悲しみが込められています。二首目は「涙たれつつ」に幼子の母を亡くした思いがひかり流れます。
 どちらの歌も感情を表す言葉は用いず、情景を静かに書き記しています。そのことで、一つの言葉では表しきれない感情、想いが、歌全体に沁み込んでふるえているように感じます。

■ 加藤克巳(かとう・かつみ、1915年・大正4年京都府生まれ)。

まったくなんにもなくなり白い灰がふあふあふあふあただよふ世界  『宇宙塵』1956年・昭和31年
樹氷きららのなだれのはての海のはての空のはてのきららのきらら  ◆『球体』1970年・昭和45年

◎これら二首は、心象風景の詩歌です。
一首目は、「まったくなんにも」と口語で投げやりな、虚無的な雰囲気をかもし出し、「白い灰」で灰白色の色彩をおしひろげます。「ふあふあふあふあ」は、軽く息を吹く音の「ふFU」音と浮かぶ感じの「あA」音の連続する抑揚そのものが、空に浮かんびさまよっているような詩句です。「ただよふ」も含め、柔らかく丸い字体のひらがなを多くしているのも、軽い不安定な感覚とあっています。
 二首目は、もっとも強く響く詩句は「きらら」、きららの歌、ひかりのイメージと心象と言葉の音楽が溶け合う歌です。「きららKIRARA」の音は、引締り尖った「KI」と明るく歌のような「RARA」が、輝きを響かせます。
「はての」を三回繰り返すことで、遥か遠くに心を誘います。音楽のリズム感を生んでいるのは、詩句をつなぐ助詞「の」です。合計8回、三十一文字の4分の1以上も使われて独特な言葉の波形の、沈む部分となり、「樹氷」「なだれ」「海」「空」という詩語の波頭の輝きを浮かび上がらせています。ベースギターの低音のリズムに似ています。

鶴の足 かなしみのあし むらさきのつゆくさ蹴って発つときのあし  ◆

◎「足」「あし」と繰り返し、読者の心の焦点を絞りそこに結ばせます。絞りこまれた視点に「むらさきのつゆくさ」が鮮やかに瞬間咲き、「蹴って発つとき」別れを告げます。
「かなしみのあし むらさきのつゆくさ」という詩句はひらがなのやわらかな字形が意味、イメージと溶けています。「つゆくさ」が歌に咲いたのは、紫色がイメージに合うことと、「TSU YU KU SA」という母音U音を基調に「つTSU」「ゆYU」「くKU」「さSA」とそれぞれ静かな儚い音を発する言葉が、かなしみの詩情に呼ばれて咲いたのだと感じます。

下枝(したえだ)を中枝(なかえ)上枝(うわえ)へもみあげて風はごうごうと天へふきあぐ  ◆『ルドンのまなこ』昭和62年
うちふかく成育まったき大根のおのず地上に白をせりあぐ  ◆

◎これら二首は、上方へと向かうこと、上方への志向性を美しく歌っています。最終句の「ふきあぐ」「せりあぐ」はどちらも、最後の「ぐGU」が強い力の音で、それが急停止するので、そのあとの無音、沈黙を感じさせ、沈黙に歌が響き続けているような感覚を生んでいます。

核弾頭五万個秘めて藍色の天空に浮くわれらが地球  ◆

◎言葉に対する感性が細やかなこの歌人が、冒頭七文字の漢字を連ねているのは、意味を伝えることと同時に、その字体の四角い硬い感じで、索漠とした感覚を伝えようとしていると思います。一首のなかで美を響かせる詩句は「藍色の天空」だけです。「われらが地球」も含め全体のリズムも標語のように単調なモノトーンです。醜悪なことを詩歌らしくない美しくない姿で、言わずにはいられない思いが言葉になったのだと感じます。私は美しい詩歌が好きですが、この歌をここに選ぶのも、この思いからです。

■ 田谷鋭(たや・えい、1917年・大正6年千葉市生まれ)。

月昏き菜の花の畑(はた)みな小さき妖精たちの黄の貌(かほ)揺れて  『波涛遠望集』1974年・昭和59年
◎童話のような優しい心の歌。「月」「菜の花の畑」の情景を、美しく感じとり詩情ゆたかに歌います。ほんとうにそうだ、とその物語の世界に惹きこまれ、たたずんでいる気持ちになります。

さき波を覆ひくる波ややにしてその龍頭の奔るたまゆら  『水晶の座』1973年・昭和48年
雲のなか朝日のぼるかおのづから紫陽花いろに浜空は映(は)ゆ 『母恋(ははこひ)』1978年・昭和53年
◎これら二首の歌に私は詩心の木魂を感じました。私も詩集『海にゆれる』の詩「りんどう」で波にりんどうを歌い、詩「テトラポット」で「あじさいいろ」を歌っています。知らない場所で時を越えた交感を嬉しく感じ、きっと私の詩にも交感してくださる感受性をもたれた方がいるはず、と想いが馳せてゆきます。

子をもちて二十三年わが得たる慰藉限りなし与ふるは無く
◎このように感じとり歌えるこの歌人の心を、私は好きだな、いいなと感じます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

次回も、美しい歌の花をみつめます。


 ☆ お知らせ ☆
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 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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