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高安国世。山崎方代。岡部桂一郎。歌の花(十四)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。
出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 高安国世(たかやす・くによ、1913年・大正2年大阪市生まれ、1984年・昭和59年没)。

時計の音ドアの音水の音きこゆ子の産声今しあがれよ  『Vorfrühling』1951年・昭和26年
◎産声を待ち望む時を印象深く捉えた歌。「の音」を三回変奏することでリズム感を浮き立たせ、音が浮かぶ背景の静寂を伝えています。最終句の「今しあがれよ」と歌い上げる詩句はいのちの誉め歌となって美しく心を打ちます。

ただ浄き娘(こ)のピアノ曲情熱のこもり来ん日を微かにおそる  ◆『街上』1962年・昭和37年
◎娘の成長を見守る父親の想いが奏でられています。意味の上でのピアノ曲が、この短歌の音調では、子音K音が高く澄んだピアノの音を母音との組み合わせで変奏され聴こえてくるようです。「tadaKIyoKI KOnopianoKYOKU jyonetsuno KOmoriKOnhiwo KAsuKAniosoru」

羽ばたきの去りしおどろきの空間よただに虚像の鳩らちりばめ  ◆『虚像の鳩』1968年・昭和43年
◎西欧詩に似通う表現を感じます。鳩が羽ばたき去りいなくなった場を「おどろきの空間」と詩句で示し、「虚像の鳩らが」ちらばって「いる」と詩句で逆説的に表します。日本の新古今和歌集の象徴表現は、たとえば藤原定家の次の歌で、
   見渡せば花ももみぢもなかりけり浦のとまやの秋の夕暮
「花ももみぢもなかりけり」、もうないと歌うことで、その色鮮やかなイメージを歌に立ち昇らせ、海辺の景色に重ね合わせます。どちらも、無いものさえイメージで生み出す象徴表現ですが、この短歌には、言葉ですべてを掴み指し示そうとする西欧詩の影響を感じます。優劣ではなく、どちらを良いと感じるかは好み、私は定家の歌のほうが、はろばろとしていて好きです。

■ 山崎方代(やまざき・ほうだい、1914年・大正3年山梨県生まれ、1985年・昭和60年没)。

こんなにも赤いものかと昇る日を両手に受けて嗅いでみた  『こおろぎ』1980年・昭和55年
◎口語であること、視覚と触覚(体感)と嗅覚が織り込められていて、身近な近しさ、人間味を感じる歌です。

一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております
◎おとぼけ調で最後を丁寧語で終わらせ、人間くささと、恋の告白のはじらいと、恋を大切なものとしている気持ちをさりげなく響かせていて、さわやかな共感を呼び起こします。

べに色のあきつが山から降りて来て甲府盆地をうめつくしたり  ◆『迦葉』1985年・昭和60年
◎色彩のイメージが、初句からとんぼとなって飛び、舞い、歌いちめん、イメージいちめんを彩り尽くすような、美しい歌です。

■ 岡部桂一郎(おかべ・けいいちろう、1915年・大正4年神戸市生まれ)。

天を指す樹々垂直に垂直にして遠く小さき日は純粋なり  『緑の墓』1956年・昭和31年
◎この歌は、「天を指す樹々」と「小さき日」を、重ね強調された詩句「垂直に垂直にして」と、末尾の詩句「純粋なり」が、それぞれ印象深く心に焼きつかせます。単純簡明な言葉が息づいて感じられるのは、作者が感受した「強い印象」から生まれでた詩句、作者がその感動を伝えようとして見出した詩句だからです。感動が清水のように湛えられふるえているかどうかが、詩歌と散文のちがいだと思います。

月と日と二つうかべる山国の道に手触れしコスモスの花  ◆『戸塚閑吟集』1988年・昭和63年
◎この歌の初頭の詩句「月と日」を読むと、詩歌を愛する人には与謝蕪村の次の俳句が微かなイメージで重なります。
   菜の花や月は東に日は西に
さらに遥かに、柿本人麻呂の次の歌も意識にうっすら流れます。
   東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ
本歌取りと意識されるかどうかに関わりなく、日本の詩歌の受け継がれてきた豊かさだと私は思います。豊かな詩歌の野に咲いたこの歌の、コスモスの花は手に触れた触感で忘れられないものになり、読者にも花に触れる肌触りを呼び覚まします。「手触れし」という詩句は、腕と手の曲線と、コスモスの花のしなやかな曲線を、重なるように思わせてもくれます。コスモスの花のように優しくなつかしい気持ちにしてくれます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

次回も、美しい歌の花をみつめます。

 ☆ お知らせ ☆
 『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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