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宮柊二。素直懸命に。歌の花(十二)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。
出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 宮柊二(みや・しゅうじ、1912年・大正元年、新潟県生まれ、1986年・昭和61年没)。

昼間見し合歓(かうか)のあかき花のいろをあこがれの如くよる憶ひをり  『群鶏』1946年・昭和21年

◎言葉の音楽の調べが美しい歌です。合歓は「ねむ」「ねぶ」とも読めますが、「かうかKOUKA」とイメージにふさわしい音調を選らんでいます。「かうかKOUKA」、「あかき花AKAKihAnA」、「あこがれAKoGAre」、「GotoKu」が音調を鮮やかにしていて、母音アA音の明るい鮮やかさが意味と美しく溶けています。子音のK音とG音が、調べに光る波頭のひかりのように輝く音を響かせています。
「昼間見しhIrumamIshI」と母音イI音の締まる音で静かに歌を始め、上述の中間部で大きく情感がふくらみ高まり、
「ごとくよる憶ひをりgOtOkU yOrUOmOIOrI」終曲部は、母音オO音とウU音そしてイI音と内にこもる音、静かに消える音で閉じています。音が情感の波のうねりを生んでいます。

瑠璃色の珠実(たまみ)をつけし木の枝の小現実を歌にせむかな  ◆『小紺珠』1948年・昭和23年

◎敗戦後に盛んに論じられた短詩形、短歌に対する第二芸術論に抗う意思を静かに示した歌。私は、木の枝にゆれる
珠実(たまみ)の瑠璃色の美しさに感動し「ああ」と言葉を発せずにいられない人が、詩歌を愛する人だと思っています。だからこの歌に共感します。賢しらな理知で優劣を断定したり攻撃が平気できる批評屋は、本物の文学者でも詩歌人でもないと思います。

生きゆかむ苦しさ知らず陽に灼(や)ける畳のうへに子は眠りをり  ◆
くるしみて軍(いくさ)のさまを告げし文(ふみ)たたかひ済みて妻のなほ持てり  ◆

◎この二首は、冒頭に、「生きゆかむ苦しさ」、「くるしみて」と歌人の心に深くひろがる思いを差し出してから、続けて出来事を叙述しています。その思いの情感が歌全体をおおっています。そのことがこの二首を、単なる叙述、叙景の言葉ではない、抒情の歌にしていて、心に響くのだと感じます。

耳を切りしヴァン・ゴッホを思ひ孤独を思ひ戦争と個人をおもひて眠らず  『山西省』1949年・昭和24年

◎眠れずにめぐる苦しい想念の歌。この歌の緊張度、緊迫感を高めているのは、三度も繰り返される「を思ひ」という言葉です。
最後を「をおもひ」とひらがなにしたのは、ねむり前の横たわるイメージにはひらがなが合っている、終曲に向かい「をおもひて」と表音文字のひらがなを続けることでリズムをゆるやかに変えた、漢字が連続して並ぶ詰まった感じを避けた、これらのことを感じます。

悲しみを耐へたへてきて某夜(あるよ)せしわが号泣は妻が見しのみ ◆『多くの夜の歌』1961年・昭和36年

◎悲しみと苦しみを吐き出す直情の歌。「号泣したことは妻だけが知っている」と号泣したことを告白する歌です。自らの弱さをさらけだすこの歌を、いいと感じるか、感じないかは、読者に委ねられています。私は人間らしいから、とても好きです。文学だから、詩歌だから伝えること、受けとることができる表現だと思います。
 直情や抒情の歌を厭い嫌い蔑み、知的言語の乱数組立模型を崇拝する風潮が狭義の現代詩に蔓延してきたのは、偏狭でとても貧しいことだと私は考えています。

あきらめてみづからなせど下心(した)ふかく俸給取(ほうきふとり)を蔑まむとす  ◆

◎詩歌は生活の糧ではなく霞を食べても生きられず俸給取に徹して世俗に埋没もできず、苦い歌です。

たましひに見極めたしと思ふもの歌うまきより文うまきより  『獨石馬』1975年・昭和50年
鳥にあり獣にあり他(ひと)にあり我にあり生命(いのち)といふは何を働く
わが歌は田舎の出なる田舎歌素直懸命に詠(うた)ひ来しのみ  『純黄』1986年・昭和61年

◎これらは、この歌人の歌に対する思い入れ、志が響いていて、私は好きです。
一首目は、歌うのは、魂に見極めたいから、表現の巧みさではなく、歌わずにいられないものを。それはこの歌人にとって二首目で強く問いかける生命なのだと思います。「にあり」と四回も繰り返し畳み掛けることで激しく高まるリズムを生みだしています。最後の問い「生命といふは何を働く」は漢詩的表現で、強く厳しく真摯な心に響く歌だと感じます。三首目で自ら言うとおり、素直懸命に、歌う歌人が私は好きです。

中国に兵なりし日の五ヶ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ

◎彼の言う田舎歌、素直懸命な歌そのものだと感じます。苦しみの経験からもれ出た声がまっすぐ心を捉えます。「戦争は悪だ」。誰もがこのように素直懸命に言い切る世界を私は願ってやみません。「戦争は悪だ」。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

次回も、美しい歌の花をみつめます。

 ☆ お知らせ ☆
 『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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