出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性的な歌人たちの歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせた歌人を私は敬愛し、歌の魅力が伝わってほしいと願っています。
出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。
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土屋文明(つちや・ぶんめい、1890年・明治23年群馬県生まれ、1991年・平成3年没)。
吾が言葉にあらはし難く動く世になほしたづさはる此の小詩形 ◆『山下水』1948年・昭和23年
生みし母もはぐくみし伯母も賢からず我が一生(ひとよ)恋ふる愚かな二人 『青南集』1967年・昭和42年
さまざまの七十年すごし今は見る最もうつくしき汝を柩に ◆同上
終りなき時に入らむに束の間の後前(あとさき)ありや有りてかなしむ ◆同上
◎一首目は、敗戦後の、短歌、第二芸術論を受けての思いですが、「なほしたづさはる」と字余りの詩句に私は、短歌にかける彼の意思を感じて共感します。
◎二首目は思慕が沁みとおる美しい歌です。上句の終わりに「賢からず」と形容したうえで、下句の終りに「愚かな」と「逆説の言葉」を投げかけて、本当に大切な「恋ふる」人は決して賢しくはなかったと意味を強め、照らし出しています。上句は「*みし母も」「***みし伯母も」と詩句を変奏しての繰り返しのリズムが快く、下句は「恋ふる」まで流れるような旋律が一呼吸止まる「間(ま)」があるので、「愚かな二人」という言葉が強まって浮かび上がり、思慕の想いが沁みこんだ詩句が心に残ります。
◎三首目と四首目は、長年連れ添った妻が亡くなった際の悲しみの歌。死別れる最期のときに、三首目の歌を捧げられた女性を幸せだと思います。
◎四首目は、死の永遠の時を前にして、先に死なれたこと、その数年の差なんてなきに等しいと頭では理解しても、その差が心にどうしようもなくかなしい、との思いを、愛の歌に昇華しています。美しく悲しい鎮魂歌です。
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岡本かの子(おかもと・かのこ、1889年・明治22年東京生まれ、1939年・昭和14年没)。
力など望まで弱く美しく生れしまゝの男にてあれ 『かろきねたみ』1912年・大正元年
かの子かの子はや泣きやめて淋しげに添ひ臥す雛に子守歌せよ 『愛のなやみ』1918年・大正7年
桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命(いのち)をかけてわが眺めたり 『浴身』1925年・大正14年
鶏頭はあまりに赤しよわが狂ふきざしにもあるかあまりに赤しよ
かなしみをふかく保ちてよく笑ふをんなとわれはなりにけるかも 『わが最終歌集』1929年・昭和4年
◎一首目は、幼い息子に語りかける歌ですが、常識的な「男は強くたくましく」とは逆に「弱く美しく」そして
「生れしまゝの」と願うこの人はすごいなと思います。「力など望まで」と言える母だから、芸術家の岡本太郎が育った気がします。(大阪郊外育ちの私は、大阪万博のシンボル「太陽の塔」を小学校から遠望して絵にも描いたりしました。創作者の彼に親しみを感じます)。
◎二首目も子育てする自分に言い聞かせる歌です。添い臥す自分の子どもを「雛(ひな)」と美しく呼んでいます。情感があふれるような歌、とても好きです。
◎三首目は、桜の花につつまれ自らを重ね歌いかける美しい歌。「いのち一ぱいに咲く」の「一ぱいに」は前後の「いのち」と「咲く」にかかりイメージがあふれます。「生命(いのち)をかけてわが眺めたり」、上句と下句の「いのち」のくりかえし表現が歌に感情のゆたかな波を生んでいます。とても心打つ詩句です。
◎四首目も、鶏頭の赤い花を歌っていますが、花の色合いと個性そのままに、まったく異なる世界が生まれています。詩人、特に抒情詩人として生まれついた者の宿命は、花鳥風月、生き物にも風や海や空や土、あらゆるものに感情移入して自分のこととして感じてしまう、ことだと私は思います。距離を置き突き放し観察し分析することの対極で、そのもののなかに自分を見つけ感じ、自分のなかにそのものを見つけ感じてしまう、感受性の器、塊であることの性(さが)です。彼女はその典型のように感じます。
◎五首目も、人間味あるなあと感じ入ってしまう、生きた歳月に思いは深みをましていけることを教えてくれる歌だと思います。
彼女は激しい生き方をしました。たぶんそのようにしか生きられなかったのだと思います。彼女の心と生き様から生まれた歌に、人間として、女性としての深い魅力を感じます。
出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)から。 次回も、美しい歌の花をみつめます。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年
3月11日、
イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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