出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性的な歌人たちの歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせた歌人を私は敬愛し、歌の魅力が伝わってほしいと願っています。
出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。
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斎藤茂吉(さいとう・もきち、1882年・明治15年山形県生まれ、1953年・昭和28年没)。
死に近き母に添寝(そゐね)のしんしんと遠田(とほだ)のかはづ天(てん)に聞ゆる 『赤光』1913年・大正2年
短歌ほろべ短歌ほろべといふ声す明治末期のごとくひびきて ◆『白き山』1949年・昭和24年
焼あとにわれは立ちたり日は暮れていのりも絶えし空(むな)しさのはて 『ともしび』1950年・昭和25年
◎一首目の歌は、母の死という悲痛な主題。心に沁み入るように感じられるのは、言葉の意味とイメージに浮かぶ
「添い寝」しながら天にまで広がる「かはづ」の声に包まれている姿の哀しさがまずあります。
意味・イメージと溶けあるように流れている調べも重要で、まず初句の「死に近きSHInICHIKaKI」一語は、母音イI音の鋭さが、SHI、CHI、KIと細く歯の隙間から息を吐く子音との組合せで高まっていて、これだけでこの歌が厳粛な調べだと宣言します。次に「しんしんSHInSHIn」も同じ調べの特徴をもちつつ、日本語の読者に伝統語としての静寂な世界をもたらします。哀しさが美しく響いてゆく歌だと感じます。
◎二首目は、敗戦後の短詩形、第二芸術論に対し、感慨のように歌われています。反論も擁護もしていません。私自身は、言葉の芸術、文学のスタイルと方法について、こっちが優れてこっちは劣っている、というような縄張り好きな傲慢な批評屋は嫌いです。科学的合理的な進歩観にたち何もかも点数化し優劣判定ができるとの単純なドグマに冒された視点は批評のための批評でとても偏狭です。本当に詩歌が好きな人は、それぞれの形で生まれた歌の良さを、感じとり心に響かせる人です。戦争の勝敗、国際政治力学での優位性、政治上の主義・イデオロギー・党派性を、文学にまで短絡的に結びつけ、詩歌のさまざまな形の優位性を論じるのは、愚かで有害だと私は考えます。
◎三首目も、敗戦後の直情の歌。私は写実、叙景に閉じこもるアララギらしい彼の他の歌より、心に響き、いい歌だと感じます。
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前田夕暮(まえだ・ゆうぐれ、1883年・明治16年神奈川県生まれ、1951年・昭和26年没)。
自然がずんずん体のなかを通過する――山、山、山 『水源地帯』1932年・昭和7年
あいあいと人の子の泣く声ひびきみなかみ青き麦畑のみゆ 『耕土』1946年・昭和21年
ともしびをかかげてみもる人々の瞳はそそげわが死に顔に ◆『夕暮遺歌集』1951年・昭和26年
◎一首目は、作者の表現したいものが、ふさわしい、これしかない、言葉のかたちをとって、まっすぐに心に飛び込んでくるようです。読む私さえそれを体感できるような臨場感を感じさせる優れた歌だと思います。
◎二首目は、「人のこの泣く声」の「ひびき」を表現する詩句「あいあい」の情感が私はとても好きです。五十音の冒頭の二音のそれ自体の調べの美しさ、「愛」の音のイメージを含んで響くこともあり、これだけで好きな歌です。
下句の「み」と「む」の子音M音の重なりから「みゆMiYU」とやわらかく終わる調べも、意味・イメージに浮かぶ情景と溶け合い、遥かで美しいと感じます。なつかしさをかもしだすような歌です。
◎三首目は、死の直前の、辞世の歌。「人々HITObito」の音が「瞳HITOmi」を呼んだ気がしますが、死の直前で思い浮かべる祈りのような言葉には、自分のそのような時までに思いを馳せさせる、厳粛さが強く心に迫って感じられる力があります。
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北原白秋(きたはら・はくしゅう、1885年・明治18年福岡県生まれ、1942年・昭和17年没)。
ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心顫(ふる)ひそめし日 『桐の花』1913年・大正2年
病める子はハモニカを吹き夜に入りぬもろこし畑(ばた)の黄なる月の出
下(お)り尽す一夜(ひとよ)の霜やこの暁(あけ)をほろんちょちょちょと澄む鳥のこゑ 『白南風』1934年・昭和9年
◎一首目は、薄紫に咲いたヒヤシンスが美しく眼に浮かびます。「初(はじ)めて」と「初(そ)める」は意味が重複していますが、ともにひらがなで目立たないので静かな強調になっています。何に対して「ふるえた」かは匂わすだけで語らず歌っていることで、歌の印象が深まりと広がりをもっていると思います。初恋ととる読者が多いと思いますが、ちがっていてもかまいません。歌は原因と結果の因果関係を説明し納得させることではなく、はじめて心ふるえたその時花が咲いた、というただそのことを、心に感じて響かせるものだからです。
◎二首目は、白秋らしい病的な異国情緒を醸し出しています。「病める子」「ハモニカ」「黄なる月」、強いイメージを生み出す詩句を、「夜」の「もろこし畑」という特異な情景に投げ込んで、幻想的な、非日常的な、映画のような世界を作り出していて、不思議な魅力があります。
◎三首目は、鳥の澄んだ声をあらわした「ほろんちょちょちょ」という響きがこの歌のいのちです。日本全国に残る民謡や童謡をふかく知り、自らも創った白秋の詩句の音楽性についての感性には、汲み尽くせぬ泉のような豊かさ、深い魅力を湛えていると私は思います。
出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)から。
次回も、美しい歌の花をみつめます。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年
3月11日、
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イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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