出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。
出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。
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辰巳泰子(たつみ・やすこ、1966年・昭和41年大阪生まれ)。
午後。唇(くち)といふうすき粘膜にてやはく他人の顔とつながる 『紅い花』1989年・平成元年
◎冒頭の、「午後。」の句点(まる。)が生む間(ま)から劇的な情景が拡がる、印象的な歌。口づけの表現の仕方に、虚無的、投げやりな感じの、この歌人の個性、詩的世界が浮かびあがっています。
ただ海のかはらぬ貌をたしかめに休日を雨の港へと寄る
◎映画のような世界ですが、孤独感の吐露もこの歌人の魅力だと感じます。「かはらぬ貌をたしかめにKAwArAnuKAOO tAshiKAmeni」という詩句に、思いの強さと響きの強さを感じます。
橋桁(はしげた)にもんどりうてるこの水はくるしむみづと決めて見てゐる
◎この歌も映像的です。「もんどりうてる」という詩句が、苦しみの暗い情感をとらえ、激しく波立たせ響かせます。
いとしさもざんぶと捨てる冬の川数珠つながりの怒りも捨てる
◎詩句「ざんぶ」に、水の音としぶきと情感がこもって強さがあります。「数珠つながりの」という「怒り」を形容する詩句にも情念を掬い上げ響かせています。「いとしさ」も「怒り」も、心の表情、強い感情、感動です。心に響く歌には、感動の強さが必ずあると私は思います。
乳ふさをろくでなしにもふふませて桜終はらす雨を見てゐる ◆
◎これも映画のような歌ですが、投げやりな雰囲気が「ろくでもなし」、「ふふませて」という詩句から漂っています。「桜終はらす雨」の音が聞こえ、男女の汗のにおいと体温も三十一文字の世界にこもって感じられる歌です。
骨太く胸たくましく育つともかく抱かせよわが死の際(きは)に ◆『アトム・ハート・マザー』1995年・平成7年
◎母親が赤ちゃんに語り聞かせる言葉に愛と願いが響いていて美しい歌だと感じます。赤ちゃんでありながら成人した男の肉体、性意識が底に響いていることに、この歌人の個性の強さを感じます。
つらぬきて子を持たぬ生もはや無くだぶだぶとせつなさの袋のごとき子 ◆
◎子を生涯産まない生き方も選択肢として意識して迷いつつ生きたうえで、子を産んだ、その想いを歌っています。
「だぶだぶとせつなさの袋のごとき子」という詩句には、感動の強さがあります。「せつなさ」、愛がつめこまれているようで、心に迫ってくる歌です。
にんげんら屠りあふ日も海渡る燕(つばくらめ)あり地を瞰(み)ずにとべ ◆
◎この歌人の虚無的な眼差しが生まれてくる源には、人間と人間の社会のあり様を見据える眼差しがあることを教えられる歌です。戦争だらけ、殺し合い奪い合い蹴落とし合いだらけの、人間がひしめく地上を厭う思いは私にもあり、そらを飛ぶツバメに託して、歌に昇華させていることに共感します。否定的な表現のようで、生まれてきた源にある、願いを反語として、歌いあげていると、私は思います。
こんなところでわたしの乳に触れたがるおまへと笹の船に乗らうか ◆
◎乳幼児の子どもに歌いかける言葉に、愛の歌人だと感じます。「笹の船」に乗れるはずもなく、乗れば沈んでしまうのを承知で歌う言葉には、メルヘン世界の愛と死の景色、無常観、「死のうか」という無言の声が重ねられて聞こえてきます。
心の扉の奥深く隠された感情を抉り出すこの歌人の歌は、自虐性と痛みをも感じさせますが、それができるのは、いのちを見つめ、感じとる感受性のゆたかさと、つかんだ感動の強さを詩句に織りなす歌人として創作力を持っているからだと、私は思います。
前回とりあげた俵万智とともに心と感情をとらえ愛を歌う女性ですが、表現する心の表情が極端に正反対で違っていることに、二人の個性の輝きを私は感じます。
出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂から。
)
次回も、美しい歌の花をみつめます。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年
3月11日、
イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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