出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。
出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。
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島田修二(しまだ・しゅうじ、1928年・昭和3年横須賀市生まれ)。
子が問へる死にし金魚の行末をわれも思ひぬ鉢洗ひゐて ◆『花火の星』1964年・昭和38年
◎とても素直な歌ですが、情景が鮮やかに思い浮かびあがるのは、さりげなく置かれている末尾の「鉢洗ひゐて」があるからだと感じます。概念として思念する「死」ではなく、目の前での金魚の死に、なぜ? どこへ? は子どもも親も人類の始まりから誰もが抱いている問いが静かに響いてきます。
幾億の年を隔てて光りゐる銀河系の下に子と二人なり ◆
◎この歌も静かに、いのちを感受していて、心に響いてきて想いを遥かに拡げてくれます。末尾の「子と二人なり」が、散文的な解説や概念の思考ではない、宇宙空間を感受する歌、感受性のふるえの発露に三十一文字を高めています。
音たてて翅博ち合へる揚羽二羽ひとつになりて谷に堕ちゆく ◆『渚の日日』1983年・昭和58年
◎ただ出来事を描写、叙景しただけではない、象徴の歌だと感じます。この歌の詩句に喚起され、並行する心象世界が
拡がるからです。どのように読み取るかは読者の自由に委ねられていますが、「二羽ひとつになりて」という詩句から、男女の交わり、愛のふるえが、奏でられているように私は感じます。
しぐれ降る夜半に思へば地球とふわが棲む蒼き水球かなし ◆
◎しぐれの雨音に愛(かな)しみが沁みふるえているような静かな美しい歌です。この歌も「わが棲む」という素朴な詩句が、観念ではない心のふるえ、歌としています。たとえばこれが「我々の棲む」になったとたんに散文化し、政治論議と同じレベルの日常言語に変わってしまい、歌でなくなります。「我々」には「かなし」と歌う感受性はありません。この歌の「かなし」は私が好きな、愛と悲しみが溶け合い揺れる「愛(かな)し」です。
何をしてゐるのだといふこゑのする 歌を作つてゐると答ふる ◆
◎この歌に、私は詩歌を愛し創作する者の一人として、深い共感を覚えます。「何をしてゐるのだ」という問いには、「なぜ生きているのか?」という根源的な問い、「社会的政治的にどのような行為をしているのか?」と現在についての問いが含まれ、自らへの自問の声と、社会世間からの視線・詰問の声をも含んでいます。その声に対して私もこの歌人と同じ言葉で答える者だからです。
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橋本喜典(はしもと・よしのり、1928年・昭和3年東京生まれ)。
南北のいづれの軍と問ふなかれ屍は若き兵にあらずや ◆『冬の旅』1955年・昭和30年
◎収録歌集の刊行年からこの歌の「南北」は南と北に民族が引き裂かれた朝鮮戦争を指しています。国家やイデオロギーではなく、一人一人の人間に眼を向ける意思は、文学の根幹だと私は考えていますので、この歌に共感します。
これの世になに為して来し吾なると集中治療室のベッドに涙あふれぬ ◆『無冠』1994年・平成6年
◎心情をありのままに吐露する歌。万葉集の「正述心緒」の時代から、和歌、短歌に絶えることなく歌われ聴き取られてきた歌。人間の心の表現である文学そのものと感じる歌が、私は好きです。
生の終りに死のあるならず死のありて生はあるなり生きざらめやも ◆
◎観念的な言葉を空疎な思考に終わらせていないのは、歌人が生死の境界線近くにいて自らに生きろと言い聞かせている詩句「生きざらめやも」があるからだと感じます。濁りも偽りもそぎ落された真摯さが心に強く響きます。
この一首この一首とわれは彫る軽く面白きは君らがうたえ ◆
◎この歌人は生きることと歌うことは分けられない求道者のようです。「軽く面白き」歌を否定しているのではなく、自分にはこうすることしかできないからこうするんだ、という意思、無骨な生き方、苦渋を知る人間の顔がにじみでているから、私はいいと感じます。
出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)から。
次回も、美しい歌の花をみつめます。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年
3月11日、
イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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