ここ百年ほどの時間に歌われた詩歌から、短歌の形で咲いた心の花をみつめています。
今回の歌人は
河野裕子(かわの・ゆうこ、1946年・昭和21年熊本県生まれ)です。
私が特に好きな18首を選びました。
最初の5首は、
恋の歌で、とてもいいと思います。青春を生きる女性の若さ、みずみずしい感受性、こころとからだの華やぎ、ときめきが、いちどに咲き出したようなみなぎる力が美しいと感じます。花が咲きそよ風にゆれながら歌っているようです。
次の6首は、子を授かった、身ごもった女性、産んだばかりの女性の歌です。
感受性ゆたかなこの歌人だから生まれたと思える、素晴らしい歌だと思います。肉体的に産むという経験を知らない私にも、そのかけがえのない体験のそばに、歌をとおして寄り添わせてくれるように感じます。
次の3首からは、母としての、子育ての喜びとそのたいへんさ、よく伝わってきます。懸命な姿に心が温まるのは、歌の基調音のように見えないけれども澄んでいる体温のぬくもりの、
愛が流れているからだと思います。
最後にあつめた4首は、叙景の歌ですが、抒情歌ともいえます。感情に染め上げられているからです。
この歌人が、自分を取り巻く世界の音楽を聴き取る感性のみずみずしさ、そして受け止めたものを、言葉を選び歌とする才能がとてもゆたかだと教えてくれます。
歌の調べ、言葉の音楽は美しく流れながら、鮮やかなイメージ、情景が、読む心に広がります。
彼女は、生きることは悲しみも苦労も多いけれど、わるくない、生きて感じてみようと、静かに思わせてくれる歌があることを気づかせてくれる、人間らしい、優れた歌人だと私は思います。
『森のやうに獣のやうに』1972年・昭和47年青林檎与へしことを唯一の積極として別れ気に来り
たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
夕闇の桜花の記憶と重なりてはじめて聴きし日の君が血のおと
ブラウスの中まで明るき初夏の陽にけぶれるごときわが乳房あり
今刈りし朝草のやうな匂ひして寄り来しときに乳房とがりゐき
『ひるがほ』1976年・昭和51年あるだけの静脈透けてゆくやうな夕べ生きいきと鼓動ふたつしてゐる
まがなしくいのち二つとなりし身を泉のごとき夜の湯に浸す
産むことも生まれしこともかなしみのひとつ涯とし夜の灯り消す
しんしんとひとすぢ続く蝉のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ
われの血の重さかと抱きあげぬ暖かき息して眠りゐる子を
胎児つつむ嚢(ふくろ)となりきり眠るとき雨夜のめぐり海のごとしも
『桜森』1980年・昭和55年君を打ち子を打ち灼けるごとき掌よざんざんばらんと髪とき眠る
子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る
子を叱る母らのこゑのいきいきと響くつよさをわがこゑも持つ
『森のやうに獣のやうに』
振りむけばなくなりさうな追憶の ゆふやみに咲くいちめんの菜の花
『ひるがほ』
土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ
『桜森』
水位徐徐に上がれるごとした黄昏れて四囲にみち来るかなかなのこゑ
『はやりを』1984年・昭和59年暗がりに柱時計の音を聴く月出るまへの七つのしづく
出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。 次回も、歌人の心の歌の愛(かな)しい響きに耳を澄ませます。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年
3月11日、
イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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