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詩想(三三) こころの足跡、詩と文学

 ツイッターに記した私の折おりの率直な想いから、詩にはならない散文だけれど記憶したい言葉を、詩想としてまとめています。


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『死と愛』のフランクルが記したとおり、他のひと思いやる良心ある優しい人が、はやくなくなってしまうこと、それを確かめてきたようで、とても、悲しい。
けれど、顔をあげると、他のひと思いやる、良心ある優しい人、まわりに、負けずに、いる。
他のひと踏みにじり平気ないとわしい輩に、負けずに。

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階段に仰向けであがいていた、かまきり、土に運び離した。すぐ死ぬにしても、コンクリより、土でと。生きるために、見つけ、食べるだろうか。餌食にされる弱い虫、食べられるだろうか。
虫たち、土と草の世界で、みんながんばれとしかいえない。人のコンクリ牢獄は酷すぎ。土でがんばれハッチのように。

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平安期の優れた女性の書き手、紫式部、清少納言、式子内親王が影響を受けている『和漢朗詠集』をようやくよみおえました。選ばれている和歌は私の好きな和泉式部が外され、日本人の漢詩は物まねで晴れのベストセラーで心の深みは感じませんが、美意識は好きです。白楽天や漢詩を読みたいと思います。

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詩のかたちについて。長ければいいとも、短ければいいとも、思っていません。一行詩も書くし、長い詩でも一行一文字にもしますから。その一行何文字、何文字何行が、それ以外じゃおかしい良くないと思えるほど自然に創り上げるのが、言葉の芸術だと思います。

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詩のかたちについて。遠かった漢詩を学びつつ。テニヲハのない漢字5文字、7文字の、絶句(5行)、律詩(8行)は、定型のがちがちの鎧の中での巧拙、美を競ってとても興味深く。それをテニヲハ交じりに無理やり取り入れた読み下し文も、不思議、へんてこりん。

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詩のかたちについて。日本の詩歌は、定型詩すら、音数律の共有以外はゆるく、字余り字足らずも良いと感じ、自由律、破調と、絶えず行き来して。この海の波のような、おおらかな、やわらかさ、自由さ、日本語の、日本語を愛するこころの、根っこにあると、感じます。

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美しさはただ美しいと。好き、なのは好きだから。感性、感受性に、説明書は、いらない。芸術はこころに感じてしまい、こころ響きだすもの。好き嫌いする自由な心に解説なんて不要。けど、作品よりそんな作品生まずにいられなかった作者の人間性を好きになるのも人間で、自然。私はどっちも好き。

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心の変化。二十歳前後、文学の出発点で、ドストエフスキーに、なりたいと強く願ったけど、しぶとくながく散文書いてながく生きた彼より、淡白にうたい若死にした、山頭火、放哉に、より心響く自分知る。私は、山頭火、放哉の、自由律句。心うたれ、とても好きです。

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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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