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上田三四二の短歌(一)。一日一日はいづみ。

 ここ約百年に生まれた短歌を見つめています。『現代の短歌』で出会えた、私なりに強く感じるものがあり何かしら伝えたいと願う歌人の、特に好きな歌です。

 今回から数回、上田三四二(うえだ・みよじ、1923年・大正12年、兵庫県生まれ)の短歌です。
 私は彼の短歌を今回初めて読むことができましたが、出典の本を通読して、短歌としての言葉の音楽性、調べをいちばん感じました。このことについては次回以降に詳しく書きます。

 今回は、彼の歌の中から彼の個性から響きだした、私が特に良い、好きだと感じた十四首を選びました。
 彼は医者であり、癌を病み、生き、歌いました。生と死をみつめるまなざし、いのちを育む女性・母・乳房への思慕、愛が、生きることを感受する基調音として奏でられ流れながら、瞬間、瞬間をとらえふるえる歌は、とても美しく、私の心にこだまが響きつづけます。

 難解な言葉や奇をてらうイメージの飛躍はなくても、平易な言葉にやどる調べ、意味とイメージと音色とリズムの溶けあう流れが、短歌そして日本語の詩歌の美しい姿を教えてくれます。

 たとえば、「死はそこに」の歌は、全体が清流のようですが、「一日一日はいづみ」を彼は「hitohi hitohiwa izumi」と歌います。「ichinichi ichinichiwa izumi」とするとi音のたたみ掛ける連なりは似ていても、まずリズム感が詩想に合わず強すぎ、また、ichinichiのchiとniを含む音色は「いづみ」と断絶していて、「ひとひ」と「いづみ」がh音の弱さによりはかなく溶け合ってしまう音色の美しさが消えてしまいます。

 散文は意味が伝われば目的を達するので、敢えて「ひとひ」と読むような「無駄なこと、無意味なこと」はしません。現代は散文化した時代なので合理性を追い求め「無駄なこと、無意味なこと」は排除します。
 詩歌、文学は合理性、意味を伝えるだけの記号のプログラムでは表現できない、感じとれない「美しく、こころよく、感動すること」は「無駄なこと、無意味なこと」であろうと、人間にとって大切な価値だと感じとり伝えます。
 単純な意味伝達の道具・記号としての言葉だけでは剥ぎおとされこぼれ落ちる思いや感情までを、言葉で表現し伝えようとします。そのためにこそ言葉の細部にこだわり、感動を歌い伝える人がプロの、歌人、詩人だと私は思っています。

 短歌や詩で「食べた」「生活した」詩歌人は歴史上いません。詩歌の価値は、言葉で創られた美、感動にこそあります。詩人の肩書きで雑多な副業をマネジメントできることが詩のプロではなく、良い作品を生まない限り詩人ではなく、商売の才に長けた実業の人だと私は思います。
 脱線しましたが、上田三四二は短歌のプロだったと私は感じました。彼が医者を職としたことはこのことに関係ありません。環境に影響はされます。けれど、詩歌を天職とする生来の歌人、詩人は、どんな地に生まれようとその地に吹く風に歌をのせてさえずるばかりの、ひばり、だからです。

 それぞれの短歌の前に、所収の歌集名、刊行年と彼の年齢を記します。

               『黙契』1955年(昭和30年)、22歳。
年代記に死ぬるほどの恋ひとつありその周辺はわづか明るし
地のうへの光りにてをとこをみなあり親和のちから清くあひ呼ぶ

               『湧井』1975年(昭和50年)、52歳。
たすからぬ病と知りしひと夜経てわれよりも妻の十年(ととせ)老いたり
死はそこに抗ひがたく立つゆゑに生きてゐる一日(ひとひ)一日はいづみ
手術待つあしたの卓にゐる蜘蛛を殺しえざりきわれもわが妻も *
ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも
生きてふたたび見ることのなき大きさに赤き火星の森の上にいづ
ゆふ海の渚にきみはをみなゆゑ喉ほそくいづるこゑをかなしむ

               『遊行』1982年(昭和57年)、59歳。
西方は極楽浄土ゆふやけて船ひとつかの渡海のごとし
天心の真澄(ますみ)に月の欠くるとき四方(よも)におびただしき星輝(て)りはじむ
膝いだき背ぐくまるときつぶされてつぶされがたき乳か溢れぬ
乳房はふたつ尖りてたらちねの性(さが)のつね哺(ふく)まれんことをうながす
輪郭があいまいとなりあぶら身の溶けゆくものを女(をみな)とぞいふ

               『照脛』1985年(昭和60年)、62歳。
身命(しんみやう)のきはまるときしあたたかき胸乳(むなぢ)を恋ふと誰かいひけん
武蔵野の冬の林の明るさよ落葉ふむおとはいのち生くる音  *

               『鎮守』1989年(平成元年)、66歳。
顔容の潮(うしお)の引くごとくあらたまるいまはのきはをいくたび診(み)けん

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)
*印の二首は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)から。


 次回は、上田三四二の言葉の音楽を聴き取ります。
 ☆ お知らせ ☆
 『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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