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上田三四二の短歌(四)。山の稜線のような乳房のまるみのような。

 ここ約百年に生まれた短歌を見つめています。『現代の短歌』で出会えた、私なりに強く感じるものがあり何かしら伝えたいと願う歌人の、特に好きな歌です。
 前回に続き、上田三四二(うえだ・みよじ、1923年・大正12年、兵庫県生まれ)の短歌をとおして、日本語の言葉の音楽、歌に耳を澄ませます。
 今回は音楽性ゆたかな歌五首です。それぞれの歌に感じたことを記していきます。短歌の前に、所収の歌集名、刊行年と彼の年齢を記しています。

                    『遊行』1982年(昭和57年)、59歳。
かきあげてあまれる髪をまく腕(かひな)腋窩(えきか)の闇をけぶらせながら

*主調音は子音KとG、母音Aで、「かKA」の音を主音に子音Kが浮かび沈む波のようなリズムを奏でます。「KAKiAGete AmAreruKAmiwo mAKuKAinA eKiKAnoyAmiwo KeburAsenAGArA」
ひらがなのやわらかな字体の多い上句は、アA音の解放感にささえられ、意味・イメージの髪のゆたかなやわらかさと溶け合っています。
*中間部から転調するかのように、「腕」から「腋窩」「闇」と四角く硬い字体の漢字をゴツゴツ連続させ、読みも敢えて「うで」ではなく「かいなKaina」そして「eKiKa」「Keburu」と尖った子音K音を連続させて、意味、イメージの変化をささえています。
*柔らかな明るさから暗闇へ、意味とイメージと音が流れ込んで読者を誘います。

表札に名ありて夏に亡きひとの門(かど)の辺をすぐ夕べゆふべの散歩

*「夕べゆふべと」漢字をひらがなに変えたのは、字体の見た目の流れが、このほうがきれいだからです。
漢字は表意文字で簡潔に意味をくるめこみますが字体は硬く生硬です。ひらがなは表音文字で音だけで一字に意味は持てませんが、字体のやわらかな曲線は美しいです。そのバランス、使い分けの感覚です。
*「名ありて夏に亡きNAAriteNAtsuNi NAki」は「な」の音、子音Nと母音Aの流れがきれいです。
*続く個所から転調し、「ひとのかどのべをすぐ夕べゆふべのhitOnOkadOnObewOsUgUyUUbeyUUbenO」と、
母音はオO音とウU音ばかりとなり閉じられた静まる音色になっています。
*最後の詩語「散歩SANPO」は私には音の流れから浮いた軽い感じがします。意識してこの詩語を選んだか、他の言葉を見つけられなかったのか、わかりません。この言葉が作品を軽くしています。
*この歌も「亡きひと」という言葉で、既に此の世に存在しない人のイメージを歌に漂わせ、「夕べ」という光が沈む前の薄暗がりのイメージに溶かしこませています。

                    『照脛』1985年(昭和60年)、62歳。
雪の上にあひ群れて啼く丹頂のほのかに白きこゑの息あはれ

*この歌では逆に最終詩句の「あはれ」が、そこまで流れて来たすべての詩句を受けとめ、発せられて、一語のみで対等に、重みと深みをもって響いていて、美しいと思います。文学、詩歌、短歌は、究極的には、本居宣長のいうように、「あはれ」「ああ」という感動の一語に尽きるからです。
*全体の音の流れにところどころ顔をだす「のNO」の音が、リズム感を生んでいます。
*この歌は、いちめんの白のイメージに包まれています。「雪yuKI」「白きSHIroKI」「息IKI」の子音のイI音と、「なくnaKu」「こゑKoe」にもあらわれる子音K音の、ともに鋭く細い息が、イメージの色を音色で奏でています。
*「丹頂TANCHOU」はそのなかに佇むように特異な声を発して浮かんでいます。白にうかぶ白、ただ鳴き声と、小さな黒と赤が見えるようです。

                    『照脛』1985年(昭和60年)、62歳。
みめぐみは蜜濃(こま)やかにうつしみに藍ふかき空ゆしたたるひかり

*この歌は音が美しく変化していきます。西欧言語のアクセントの強弱をもたず、中国語のように音階の昇り下りの落差をもたない日本語は、日本の山の稜線のような、なだらかな曲線の繊細な変化にこそ美しさがあります。乳房のゆるやかなまるみの美しさとも言え、この歌はその特徴がよくわかります。
*上句の主調音は子音のM音とN音で、「みめぐみはMiMeguMiwa」「みつこまやかにMitsukoMayakaNi」「うつしみにutsushiMiNi」と、唇を閉じた粘着質の音が意味・イメージの「御恵み」「蜜」と溶けあいながら揺れ始めます。
*下句はまず、「藍AI」とアA音でせりあがり、「ふかきそらゆfukakisOrayu」でなだらかに滑り降りる感じが「ふ」と「ゆ」という、はかなく音、やわらかい音で醸し出されます。
*末句はの主調音は子音の母音I音に転調し、「したたるひかりSHItataruHIkaRI」と光のイメージと「し」「ひ」「り」という音色が、母音アa音とのリズム感のなかに溶けゆくようです。
*日本語の言葉の音楽の旋律を奏でている美しい歌です。

半顔の照れるは天の輝(て)れるにていづこよりわが還りしならん

*この歌は、「てれるはてんのてれるにてTERERUwa TEnno TERERUnite」の、「てTE」の音、「てれる」の繰り返しのリズム感、その快さだけの歌です。意味、イメージにひろがり、深みは感じられません。音調の快さと、詩歌としての完成度は、必ずしも一致しません。たとえば和歌で「これやこのKOREYAKONO」というリズミカルな響きがこれだけで快いのと同じだと思います。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)

 次回も、上田三四二の言葉の音楽を聴き取ります。
 ☆ お知らせ ☆
 『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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