詩人・尼崎安四の詩を今回もみつめます。詩人はこころの奥行き、拡がり、高み、深み、過去、未来、瞬間、そのさまざまな表情に輝く個性を作品に結晶化します。
だから一人の詩人が、豊かな個性をもつ、子どもを生み出します。尼崎安四にも、仏教をテーマとした詩、いのちと死を見つめる詩、象徴詩、それぞれの輝きと深まりがあり、共感します。
彼の作品群のなかで、私がいちばん好きだと感じ、今回紹介するのは、
愛の詩です。
戦争にあえて二等兵としてたぶん死ぬ覚悟で出征し、戦後の過酷な時代に病死した彼は、絶えず死を意識し、絶望の崖淵を歩みながらも、愛の詩を残してくれました。そのことに私は強く打たれます。
詩は人間としての魅力が滲みでる文学だと、改めて思います。
愛するひとへ呼びかける歌、愛するひとを想う歌、トワエモア(あなたとわたし)の愛の詩は心を揺らし心に花を咲かせてくれます。
これら三篇の詩も、
言葉の調べがとても美しいです。音色は子音、母音がやわらかに結びつき流れ木魂しあっています。リズムの緩急の変奏、間(ま)の置き方にも、彼が言葉の響きをとても大切に作品としていると感じます。抒情歌と呼んでいいと思います。
敗戦後の現代詩は歌を捨て断絶を傲慢に宣言して干からびてしまいましたが、同じ時期にこのように優れた詩歌が生まれていたことを、私は心から嬉しく感じています。(カッコ内のふりがなは、私が加えました。)
きよに 尼崎安四
きよ
あなたの愛する朝焼雲が
村街道から遠く離れて
海の向ふの空の中に
今冷えびえとめざめてくる
まだ夢みる瞼(まぶた)を開きあへず
あんなにも悲しくはぢらつて
冷たい蒼空(あおぞら)の中へ身を埋めてゆく
きよ
あのほとりの何といふ静かなこと
雲は殻を脱いだ蟬(せみ)のやうだ
じつと優しく陽を吸うて
鳴き声なんかは何もしない
聖(とお)とい何かに触れてゐるかのやう
頑(かたくな)なものはみんな消え
美しい結晶ばかりキラキラ光る
きよ
どこかに美しいものがあると信じてゐると
私の心は希望で楽しい
たとへわたしに要(い)らない幸福であつても
あなたの円鑑になつてかがやけば
わたしの道はあかりで飾られるのだ
この世のものならぬあなたの眼差(まなざし) あなたの夢
わたしの道はどんな「窄(せま)き門」に通じてゐるのだらう
私は離れてゆく 尼崎安四
きよ
私があなたを求めれば求めるほど
愛を羞(はじ)らふやうに遠くへと私は離れてゆく
痛苦(つうく)が私の魂を引き裂いてしまふのを見守るために
そして距(へだ)てられた深淵(しんえん)の彼方で
あなたが星のやうに優しく何かに向つて光るのを仰ぐために
きよ
あなたの美しさは水盤(すいばん)を溢れる水のやうに 白く拡がつてくる
私の心はそのしぶきを避けるやうに寂(しず)かさの深みで瞼(まぶた)をとざすのだ
閉された瞼の外では いつも遠くでのやうに
幸福が想ひ出の水音をたててゐる
いつからか 私のものでなくなつてしまつた不思議なあの幸福
トワエモア 尼崎安四
世界のどこかにつながつてゐたものが切れてしまつた
私はいつ地球の外へおちてゆくかも知れない
私の一歩一歩 私の一言ひとことはみんな偶然だ奇蹟だ
私が一番自分を信じてゐない
私は自分がどこにもつながつてゐないのを知つてゐる
然(しか)しあなたは私をあてに生きてゐる
私の袖につかまつて
あなた自身が陥(お)ちてゆくもののやうに
このことを信じ あのことを信じ
たしかに露だつて葉末(はすえ)に生きてゐることがある
陰鬱な私のそばでなぜかあなたは輝いてゐる
詩を愛する方の心に、尼崎安四の作品が響き、愛の花が咲くことを、私は願ってやみません。
☆お知らせ 『定本 尼崎安四詩集』の朗読が聴けるかもしれません。
詩語りライブ 第11回 いのちを語ろう
日時 2013年5月18日(土)14時より(13時40分開場)。
プログラム
野間明子 八木重吉詩集より・他
坂井のぶこ 麻生知子詩集、坂井のぶこ詩集『浜川崎から』より
田川紀久雄 田川紀久雄『慈悲』、『定本 尼崎安四詩集』より場所 東鶴堂ギャラリー(JR鶴見駅徒歩5分、京浜急行鶴見駅徒歩2分)
横浜市鶴見区鶴見中央4-16-2 田中ビル3F(TEL045-502-3049)
料金 2000円
問合せ 044-366-4658 詩語り倶楽部
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