ローマの
詩人オウィディウス(紀元前43年~紀元17か18年)の『変身物語』に私は二十代の頃とても感動し、好きになりました。
「変身」というモチーフで貫かれた、
ギリシア・ローマ神話の集大成、神話の星たちが織りなす天の川のようです。輝いている美しい星、わたしの好きな神話を見つめ、わたしの詩想を記していきます。
今回は
「カウノスとビュブリス」の涙の瞬きです。
妹として生まれたビュブリスは、兄のカウノスと親しく育つうちに、想いは深まり激しい思慕にまで高まり、兄を一人の異性として愛してしまいます。思い悩み惑った挙句に手紙で愛を告白し、兄に厳しく拒まれます。
その後の彼女の、悲しみの遍歴を、オウィディウスは見守るように書き記します。
とても悲しい姿を描きます。
「無言で横になったまま、爪で青草をむしりとり、流れ出る涙で草を濡らしている。」
そして詩人は最後に歌います。
「ビュブリスは、みずからの涙で溶け去って、泉に変じた。」
美しい詩です。悲しみの涙が、こんこんと、いまも、いつまでも、泉から湧いています。
とても好きな詩です。
● 以下、出典の引用です。「(略)つまるところ、今のわたしは、『罪を犯してはおりません』などとはいえなくなっている。手紙を書いて、あのひとに迫りもした。そんなわたしのおもいは、汚辱にまみれている。わたしは、これ以上なにもしでかさなくても、罪のない女だとはいえないのだ。ただ、わたしの今後に残されたことは、わたしの願いの実現には役立っても、もう罪になりはしない」
彼女はこういった。そして、心は大そう不安定で、ちぢに乱れていたので、あんな試みをしたことを悔いてはいながらも、もっとやってみようという気になるのだ。もう、限度をわきまえてはいないから、あわれにも、幾度もはねつけられるはめとなった。とうとう、いつまでもきりがないので、カウノスは故郷を去って、不倫な言い寄りをのがれた。(略)
ここにいたって、ミレトスの娘ビュブリスも、悲嘆にくれたあげく、すっかり正気をなくしたということだ。胸から着物をはぎ取って、もの狂おしく、われとわが胸をうち叩いた。もう狂乱を隠そうとはしないで、恋の成就への罪深い望みを自認する。その望みを失うと、憎らしい家と、故郷とを捨てる。こうして、逃げた兄のあとを追うのだ。(略)ビュブリスが曠野(こうや)に叫んでいるのを、カリアの女たちが目にした。
(略)
とうとう森が尽きたあたりで、追跡に疲れはてたビュブリスは、崩折れるように倒れた。固い地べたに髪を散らして横たわり、落葉に顔を埋める。(略)無言で横になったまま、爪で青草をむしりとり、流れ出る涙で草を濡らしている。(略)それからすぐあとのことだ。(略)アポロンの孫娘ビュブリスは、みずからの涙で溶け去って、泉に変じた。この泉は、今も、あおの谷で、(略)黒ずんだ柊(ひいらぎ)の根かたに、水がこんこんと湧いている。
● 引用終わり。 今回の最後に、こんこんと湧く泉の水と、木魂する私の詩を響かせます。お読み頂けると嬉しいです。
詩「おもいだしてよ」(高畑耕治HP『愛のうたの絵ほん』から) 次回も、この天の川に輝く、わたしの好きな神話の美しい星を見つめます。
出典:『変身物語』オウィディウス、中村善也訳、岩波文庫 ☆ お知らせ ☆
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