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オウィディウス『変身物語』(九)。オルペウスの死

 ローマの詩人オウィディウス(紀元前43年~紀元17か18年)の変身物語』に私は二十代の頃とても感動し、好きになりました。
「変身」というモチーフで貫かれた、ギリシア・ローマ神話の集大成、神話の星たちが織りなす天の川のようです。輝いている美しい星、わたしの好きな神話を見つめ、わたしの詩想を記していきます。
 今回は、楽人であり詩人であるオルペウスの死です。

 私は文学が好きになり詩を書き始めた頃からずっと、オルペウスが好きです。この世と神話の世界とあの世を行き交う魂のような存在に憧れます。また、彼が竪琴をひき詩を口ずさみ歌うと、動物たち、草花たち、樹木たち、石も岩も川の水までもうっとり聞き惚れる、イメージに、文芸と平和の象徴を感じて、尊敬をおぼえるような存在です。

 オウィディウスが、今回のオルペウスの死の物語を書いていたとき、彼はオルペウスに自分の姿を投影していると、私は感じます。「楽人オルペウスは、森の木々や、獣たちの心を引きつけていた。岩石までもが、引き寄せられて、彼の後を慕っている。」このような詩人をきっと尊敬していたからです。

 そのように愛する詩人の死は、残虐なものであったと、オウィディウスは物語ります。ローマから追放された地で『変身物語』を執筆している自らの悲しい境遇が、文章に沁みこんでいるように私には感じられます。

 「自分の言葉が効(き)き目をあらわさないのは、これがはじめてだ。声を出しても、相手を感動させることができない。――こうして、不敬な女たちは、彼を殺した。」

 この言葉から、オウィディウスが詩の本質は感動だと考えていたこと、心の鈍い者には伝わらないこと、物質的な暴力へ抗する手段でも力でもないことを、知り尽くしていたことを感じます。
 詩人は現世では嘲笑され、殺される、と。

 けれども、彼の死を悼んでくれるものたちをも知っていました。鳥たち、獣たち、固い石も木々も河川も、水の精や、森の精たちが悲しみにくれ、泣いてくれることを、知っていました。死の国で彼は最愛のひとを探し、見つけ、抱きました。もう二度と引き離されることはないと。
 詩人は現世で殺され、死んで生き返る。ここには、オウィディウスの厭世感、死生観が色濃くにじんでいます。
文学の一面を象徴するようなこの物語は、神話となり、この世のそばにいつもあり、オルペウスやオウィディウスがその世界にいま生きているのを、私は感じてしまいます。
文学は、物質的な暴力へ抗する手段でも力でもないからこそ、時空を超えて、想いと想いを結び、交わり、息しています。
 
● 以下、出典の引用です

 このような歌によって、トラキアの楽人オルペウスは、森の木々や、獣たちの心を引きつけていた。岩石までもが、引き寄せられて、彼の後を慕っている。と、そのときのことだが、トラキアの女たちが、丘の頂きからオルペウスを見つけた。胸に子鹿の皮をつけた、こころ狂った女たちだ。ちょうど、オルペウスは、竪琴をかきならし、それにあわせて歌をうたっているところだった。
 女のひとりが、そよ風に髪をなびかせながら、こういう。
 「ほら、あすこに、わたしたち女性の侮蔑者がいるわ」
 こういって、アポロンの息子であるこの楽人の、歌声うつくしい口のあたりに、神杖(チュルソス)を投げつけた。(略)
 もうひとりが石を投げたが、その石は、空中を飛んでいるあいだに、歌声と竪琴との調和のよさにうっとりとなって、このような狂暴な行ないにたいして許しを乞うかのように、楽人の足もとに落ちて、じっとしていた。(略)
 が、すさまじい叫びと、口のまがったプリュギア風の笛、太鼓や手拍子、それに、バッコスの信女たちのわめき声が、竪琴の音(ね)をかき消した。こうなると、もう、楽人の歌も聞きとれない。石が、かれの血で赤く染まった。
 最初に襲われたのは、まだ歌い手の声にわれを忘れている無数の鳥たちや、蛇たちや、獣の群れだった。狂った女たちは、オルペウスにほまれを与えているこれらの聴衆を、引きさらっていった。(略)

 荒々しい女たちは、これらの道具を奪い取り、恐ろしい角(つの)をもった牛たちを引き裂いたあと、楽人の命を奪おうと、駈けもどる。オルペウスは手をさしのべる。自分の言葉が効(き)き目をあらわさないのは、これがはじめてだ。声を出しても、相手を感動させることができない。――こうして、不敬な女たちは、彼を殺した。(略)
 鳥たちも悲しみにくれて、オルペウスを悼(いたんだ。獣の群れも、固い石も、同じだった。しばしば彼の歌に引き寄せられた木々も、泣いた。そういえば、木は、葉を落とし、あたかも頭を丸めて喪に服しているかのようだった。河川も、みずからの涙によって水かさを増したという。水の精や、森の精たちも、黒で縁どられた衣服を着け、その髪を乱れるにまかせたのだ。(略)
 オルペウスの霊は、地下へくだった。前に見た場所は、ことごとく身覚えていた。死者たちの「楽園」を探しまわり、エウリュディケを見つけ出すと、こらえきれないで、ひしと腕にだいた。(略)

● 引用終わり

 今回の最後に、オルペウスの魂と、木魂する私の詩を響かせます。お読み頂けると嬉しいです。

  詩「さようならこんにちは」(高畑耕治HP『愛のうたの絵ほん』から)


 次回も、この天の川に輝く、わたしの好きな神話の美しい星を見つめます。

 出典:『変身物語』オウィディウス、中村善也訳、岩波文庫


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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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