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オウィディウス『変身物語』(四)。変身、変容、生まれ変わり。

 ローマの詩人オウィディウス(紀元前43年~紀元17か18年)の『変身物語』に私は二十代の頃とても感動し、好きになりました。
「変身」というモチーフで貫かれた、ギリシア・ローマ神話の集大成、神話の星たちが織りなす天の川のようです。輝いている美しい星、わたしの好きな神話を見つめ、わたしの詩想を記していきます。

 今回は「メレアグロスの姉妹たち」の悲痛な瞬きです。

 メレアグロスは諍いで叔父を殺害します。メレアグロスの母は、自分の兄弟を殺害した息子を、激しく惑ったすえに、殺害します。引用した箇所は、その事件に続く、メレアグロスの父、母、姉妹たち、一家の破滅がつづられています。

 オウィディウスの『変身物語』には、悲しみに苛まれた人間が「われとわが胸を打ちたたく」という表現が頻出します。古代ギリシア、ローマの人々は、悲しみの底で、自らの肉体、胸を自らの拳で激しく叩きつけたのでしょう。強烈な表現に、時代と民族性を感じます。

 抗争と殺害、家族、一族の戦闘と皆殺し、破滅の事件は、古代の物語には共通してありますが、ギリシア悲劇、ギリシア、ローマの神話に描かれる情景には、生々しく、血なまぐさい、おぞましさがあります。
 円形闘技場で奴隷同士の殺し合いや、食い殺されるまでライオンと格闘させられる奴隷を、観覧した民族、社会、時代です。
 一般化して、すべての人がそうであったとするのは誤りで、支配され虐げられそのようにさせられた多くの人たちがいたことを忘れてはいけないと思います。
 原始キリスト教団の使徒や信者のとても多くの人たちが、カタコンベが今も語るように、殺害され殉教したことを私は思います。

 そのうえで、私が『変身物語』、そして作者の詩人オウィディウスを心のそこから好きなのは、おぞましい事実、事件を凝視しそのまま記したギリシア悲劇にはない、詩の魂が一貫して流れているからです。
 作品名の、変身、変容、生まれ変わりという、この物語を貫く主題、詩想です。

 メレアグロスの姉妹たちは、叔父が殺害され、父を失い、母が自害し、兄弟メレアグロスが母に殺されるという、おぞましい血塗られた悲劇を目の当たりにして、「悲しみのあまり胸を打ちたたいて、青あざをこしらえ」ます。「涙の雨を降らせ」ます。ギリシア悲劇なら、ここで幕を閉じます。
 でも、この地上でのわずかな時間だけがすべてだと決めつけるのは、偏狭な人間のおごりだと私は思います。

 オウィディウスは、神話という無限の広がりと永遠の宇宙を感じとりながら、メレアグロスの姉妹たちは、鳥に変身、変容、生まれ変わり、大空へ飛び立ったのだ、と歌います。
 詩人だからです。
 詩人が変容の言葉を奏でてくれたことで、残虐このうえない悲劇さえ、遥かな彼方まで永遠に響き続ける美しい歌に変わることができるのだと、感じます。

 さまざまな宗教の信仰、祈りと救いにとても近しい歌です。
 仏教やピタゴラスの輪廻の思想、エンペドクレスを愛したヘルダーリンの死生観、アイヌのユーカラ(神謡)の神々との豊かな交感、日本のアミニズムとも、木魂しあっていると私は感じます。

 『変身物語』は詩、おぞましい現実の矮小さを昇華して立ちのぼり、無限、永遠の森へとかかる、遥かな美、虹です。

● 以下、出典の引用です。

岩山立つカリュドンの町が、いわば谷底に沈んだかのようだった。老若貴賎を問わず、ひとびとは悲しみ嘆き、女たちは、髪をかきむしって、われとわが胸を打ちたたく、メレアグロスの父オイネウスは、大地に伏して、白髪と老いた顔を泥まみれにしながら、みずからの長すぎた寿命をなじった。母アルタイアは、おのれの恐ろしい所業を今さらのごとく思い知って、刃で胸を貫き、みずからの手で罰を受けた。あわれな妹たちの嘆きの言葉を、述べあらわすことは不可能であろう。たとえ、それぞれが雄弁な舌をもった百の口を、そして豊かな才能と、詩歌のわざのすべてを、神から与えられていようともだ。彼女たちは、見栄も体裁も捨てて、悲しみのあまり胸を打ちたたいて、青あざをこしらえるのだ。遺骸が運び出されないうちは、いつまでもそれをかきいだいて、口づけをする。はては、棺にまでもそうするのだ。焼かれたあとは、灰を集めて、胸におし当てる。塚に身を投げかけて、名前を刻んだ墓石を抱き、その名に涙の雨を降らせる。ついには、オイネウス一家の破滅に満足したディアナ女神が、ゴルケと、ヘラクレスの妻となっているデイアネイラとを除く姉妹たちのからだに羽毛を生じさせ、腕には長い翼を広がらせて、固い嘴を(くちばし)を与えた。こうして鳥に変わった彼女たちを、女神は大空へ飛び立たせたのだ。

● 引用終わり。

 今回の最後に、鳥になり大空を飛んでいる彼女たちと、木魂する私の詩を響かせます。お読み頂けると嬉しいです。

   詩「かげろうの湖」(高畑耕治HP『愛のうたの絵ほん』から)

 次回も、この天の川に輝く、わたしの好きな神話の美しい星を見つめます。

出典:『変身物語』オウィディウス、中村善也訳、岩波文庫

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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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