萩原朔太郎の『恋愛名歌集』を通して、日本語の歌の韻律美をより深く聴きとる試みの4回目です。最終の今回はその韻律美を、
短歌は総合的な音律構成の織物になっている、という視点で考えます。
朔太郎は、
日本語の歌の韻律の特色を「柔軟自由の韻律」であることに、「母音、子音の不規則な―と言うよりも非機械的な配列から、頭韻や脚韻やの自由押韻を構成して、特殊な美しい音律を調べる」ことに、見出しました。
その発見のうえで彼は、
「短歌の韻律形式の自然方則、音律構成の規範」を感じ取り、典型美として次のように描き出しました。短歌を作品としてその言葉の音律構成を総合的に全体として感じとろうとする視点には学ぶべきものが豊かにあると、私は思います。そのエッセンスを抜き出し整理してみます。
1.短歌の韻律学の一般方則の原形。① 第一句第一音
●拍節の最強声部たる第一句第一音と、同じく最強声部たる第四句第一音(下句初頭)とに、最も強い対比的の音(陽と陰との反対する対比でもよい)をあたえる。(例示)第四句の起頭音を第一句の主調音たるKと対韻させる。
② 上三句
●前の行を頭韻。 ●出来るだけ重韻にして畳む(畳韻)。重韻、脚韻。(例示)O・Aを主とする開唇(かいしん)音の陽快な母音を続けて規則正しく押韻。
●異なる2音を交互に重ねて押韻。 (例示)No音とShi音
●前行の各母音をそっくりに押韻。(例示)二行対比Akashi、Asagiri等。三行対比tami, name, nomi等 。
③ 第四句第一音(下句初頭)
●下句四句の初頭(起頭音)を、第一句の主調音と対韻する。 ●第四句第一音で変化をあたえる。(例示)上三句でのO・Aを主とする開唇(かいしん)音の陽快な母音の続く単調から、第四行で閉唇音の母音I(Shi)を拍節部に出し、急に転調して引きしめる。転調を不自然でなく導くために、前以て第三行の末でNiの閉唇音を出し(略)ている。
④ 第五句以下
●また始めの調子に帰り、母音を続けて規則正しく押韻する。⑤ 終曲近く、終曲まで
●終曲に近く再度、主調音や拍節起頭音に対韻させ軽く対比してから、結ぶ。(例示)再度Shiを出して第四行の拍節に対韻させ、以下当初の主調音Oに帰って自然的に終っている。
2.短歌の音律構成の要以上の考察から、短歌の音律構成の要は次の点にあることがわかります。
☆ 最強声部の音(初頭音、句切れのあとの起頭音)の対韻(陽陽、陽陰、陰陰、陰陽)。
☆ 同音(母音、子音とも)の繰り返しによる快さ(頭韻、重韻、脚韻)。
☆ 対比的な音で互いを際立たせる(開唇音、閉唇音)。
☆ 音の流れの変化(転調、緩急)をつける。 前回、
「言葉の語感を生かした音象と、想(内容)が不分離」だと感じとれる歌が最もよいと考えましたが、そのような歌は、言葉の修辞のうえでは、この音律構成の要点をあらわにはせずに織り成すことで、言葉を美しく響かせる詩として、感動を心に伝えてくれるのだと、私は考えます。
次回は『恋愛名歌集』に学んだことを踏まえて、「短歌の韻律美を口語自由詩にどのように生かせるか」、について私なりに考えてみます。
◎以下は、萩原朔太郎の原文です。 解題一般
(略)日本語には建築的、対比的の機械韻律が殆んどなく、その点外国語に比し甚だ貧弱であるけれども、一種特別なる柔軟自由の韻律があり、母音、子音の不規則な―と言うよりも非機械的な配列から、頭韻や脚韻やの自由押韻を構成して、 特殊な美しい音律を調べるのである。
ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれ行く船をしぞ思ふ (略)
Hono Bono, to,
Akashi no urano,
Asagiri ni,
Shima, ga Kure yu ku,
Fune, o, Shizo, Omou. かくの如く、第一行で母音Oを五度畳韻している。第二行に移って拍節部を母音で始め、同じくまたOを二度重ねている。第三行もまた母音Aで始め、前の行を頭韻している上に、前行Akashiの各母音をそっくりAsagiriに押韻している。此所までが歌の上三句で、O・Aを主とする開唇(かいしん)音の陽快な母音を連続して来た。ここで変化をあたえる為に、第四行で母音I(Shi)を拍節部に出し、開唇音の続く単調から、急に閉唇音へ転調して引きしめている。しかもこの転調を不自然でなく導くために、前以て第三行の末でNiの閉唇音を出し(略)ている。(略)それからまた始めの洋々たる調子に帰り、母音を続けて規則正しく押韻しているが、終曲に近くなって緊張をあたえる為、再度Shiを出して第四行の拍節に対韻させ、以下浪が砕けるように、当初の主調音Oに帰って自然的に終っている。実に音楽として立派な形式を有する者で、それ自ら楽典の定める自然方則を規範している歌である。
(略)人麿は万葉第一の情熱歌人であったけれども、歌に美しい音楽を盛ることの技巧に於ても、同じくまた万葉第一の修辞家だった。試みに人麿の代表歌をみよ。
天ざかる夷(ひな)の長道(ながぢ)ゆ恋ひ来れば明石の門(と)より大和島(やまとしま)見ゆ もののふの八十氏(やそうぢ)川の網代木(あじろぎ)にいさよふ浪の行方(ゆくへ)知らずも 笹の葉はみ山もさやに騒(さや)げども吾は妹思(も)ふ別れ来ぬれば これ等に於て、如何に美しい声調と音楽が用意されてるかを、読者自身静かに未読して鑑賞してみよ。歌にこうした美しい音楽を盛ることの技巧に於て、おそらく人麿は日本和歌史を通じての第一人者で、古今にこれと併(なら)ぶ歌人は無いであろう。けだし抒情詩の生命は音楽にあり、しかして人麿は典型的な抒情詩人であったからだ。
浅茅生(あさぢふ)の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき sajiu no
Onono shinohara
Shinoburedo
Amarite nadoka
Hito no koishiki この歌の音律構成は規範的で、短歌の韻律学が定める一般方則の原形を示している。即ち上三句でNo音Shi音を交互に重ねて押韻し、下句四句の初頭に於て、主調音「浅茅生」のAを受けて対韻している。この押韻形式は短歌の一般的原則であって、多少の不規則や例外はありながら、大体に於てよく出来た歌は皆こう成っている。即ち拍節の最強声部たる第一句第一音と、同じく最強声部たる第四句第一音(下句初頭)とに、最も強い対比的の音(陽と陰との反対する対比でもよい)をあたえ、かつ上三句を出来るだけ重韻にして畳みながら、下四句以下で調子を落して変えるのである。
風をいたみ岩うつ浪のおのれのみ砕けて物を思ふ頃かな *Kaze o Itami, Iwautsu nami no, Onore nomi ;
*Kudakete mono o, omo *korokana. 右の通り、この歌は上三句で tami, name, nomi の三重対比を押韻している。そして第四句の起頭音を第一句の主調音たるKと対韻させてる。また第五句以下を母音Oで延ばして行き、終曲に近く再度kを出して主調音と軽く対比し、楽典的の自然方則で結んでいる。この音韻構成は(略)、短歌の韻律形式に於ける一規範を示すものである。(略)K・I等の堅い感じのする音を拍節部に使うと同時に、一方では開唇音の母音Oを多分に用い、その対照を巧みに交錯させてる為、一首を通じての音律感が、あたかも岩に浪が当って砕けつつ、海波の引去りまた激するように感覚せられる。そうした音象的効果の点で可成成功した歌と言えるだろう。
出典:『恋愛名歌集』(1931年・昭和6年、第一書房、1954年、新潮文庫)。
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