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萩原朔太郎『詩の原理』(二)有機的な内部律(調べ)

 萩原朔太郎の詩論『詩の原理』を通して、文学、散文、詩、日本の詩歌を見つめ直しています。今回は、「第十二章 日本詩歌の特色」での、詩の言葉の美しさについての深い考察を取り上げます。
 冒頭に私が教えられたこと、感じ考えたことを記し、その後に朔太郎の言葉の原文を区分して引用します。

 初めに朔太郎は、西洋の詩がギリシャの叙事詩から始まったのと異なり、「日本の詩の歴史は、古事記、日本書紀等に現われた抒情詩《リリック》から出ている」と見て、「上古に発生した詩は、すべて無韻素朴の自由詩である。」と提起します。
 その歴史的事実についての学識をわたしは持ちませんが、記紀歌謡には確かに、非定型な無韻の、美しい詩があります。日本の詩の初めにそのような言葉があることを私は嬉しく感じます。(特に好きな詩を、別途「愛しい詩歌」に咲かせます)。

 朔太郎は、日本の詩がその後、支那の影響を受け「万葉集に見る七五音の定形律(長歌及び短歌)の形式を取るに至った。」が、その定形律は、「単なる七五音の反復をするのみで、殆ど自然のままの詠歎」であり、「西洋の厳格な『韻文《バース》』に比して、極めて非形式的な自由主義のもの」だと捉えます。
 そして、その原因は日本語が特殊な性質をもつ「アクセントと平仄《ひょうそく》が殆どないため、音律的には極めて平板単調の言語」だからだと考えます。
 日本の詩には、西洋の韻文や漢詩のように目に見え耳に明確な分かりやすい規則がないので、日本の子供たちは、(短歌と俳句を除き)、詩と散文の違いを教わらず説明できません。私もそうでした。なんとなく詩には散文とは違ったリズムがある、くらいにしか言えませんでした。(完全な脱線ですが、小学生のとき初めて作った幼い詩を今思い出しました。題は「山」。「山よ/おまえは緑の服着ていいな」、続く3行くらいは忘れました。)

 では日本語の詩は結局、詩ではなくて散文と同じなのか? 私がずっと抱えていたこの疑問に朔太郎は次のように、答え教えてくれました。
 「しかしこうした没音律の日本語にも、その平板的な調子の中に、或る種のユニックな美があるので、これが和歌等のものに於ける、優美な大和言葉の『調べ』になっている。」。
 私は、ああ、日本の詩には散文にはない、「調べ」があるんだ、と強く感動しました。

 朔太郎は、考察を深めて記します。
 「この特殊の美は、極めてなだらかな女性的な美」であり、「断じて叙事詩の表現には適合しない。」。
 「例えば平家物語等」は「内容上から、西洋の叙事詩と類属さるべき文学」だが、「あの単調な、どこまで行っても七五調を繰返している文学」は、「琵琶その他の音曲によって歌謡される、文字通りの『謡いもの』であって、独立した文学としては、韻文価値のないものである。」。
 決して、平家物語などを否定しているわけではないけれど、この違いについての考察には説得力があります。
 たとえば1970年代以降、フォークソング、歌謡曲、ニューミュージック、ポップス、呼び名は変わっても、若者の心を捉えてきたのは、現代詩ではなく、メロディーを伴った「謡いもの」でした。その要因のひとつに、ただでさえ強くない日本語の音律、音楽性を、多くの現代詩が全く忘れ無くして行分け散文になってしまったからではないか、と私は感じています。

 では、特殊な性質をした日本語からは美しい詩は生まれないのか? この疑問に朔太郎は答えます。
 「独立した文学として、真に韻文価値を有するものは、日本に於て和歌俳句等の短篇詩があるのみ」。
 これ等の詩には、「その格律の内部に於て、或る特殊な有機的の自由律、即ち歌人の所謂「調べ」があって、不思議に魅力のある文学的音楽を奏している。」、「短歌に於ける有機的な内部律(調べ)とは、言語の構成される母音と子音とから、或る不規則な押韻を踏む方式であり日本の歌の音律美は、全くこの点にかかっている。特に新古今集等の歌は、この点で音韻美の極致を尽している。」。
 私はこの考察に感動します。朔太郎は、『恋愛名歌集』という美しい著作で、「短歌に於ける有機的な内部律(調べ)」を、愛する歌を通して丁寧に伝えてくれています。私が好きなこの本は別の機会に取り上げます。

◎原典からの引用以下はすべて、『詩の原理』の萩原朔太郎の原文の引用です。その核心の言葉を私が抽出し強調したい箇所は薄紫太文字にしました。

 「(略)西洋の詩の歴史は、古代希臘《ギリシャ》の叙事詩《エピック》から始まっている。然るに日本の詩の歴史は、古事記、日本書紀等に現われた抒情詩《リリック》から出ているのだ。しかも形式について見れば、西洋の詩は荘重典雅なクラシカルの押韻詩に始まっているのに、日本の上古に発生した詩は、すべて無韻素朴の自由詩である。左にその二三の例を示そう。」
  少女《をとめ》の床のべに我がおきし剣《つるぎ》の太刀、その太刀はや。
  大和《やまと》の高佐士野《さしの》を七行く少女ども、誰おし巻かむ。
  すずこりが醸《か》みし酒《みき》に我れ酔ひにけり、ことなぐし、ゑぐしに我れ酔ひにけり。
  尾張にただに向へる一つ松、人にありせば衣《きぬ》きせましを、太刀はけましを。


 「こうした自由詩に始まった日本の詩は、後に支那との交通が開けてから、始めて万葉集に見る七五音の定形律(長歌及び短歌)の形式を取るに至った。しかもこの定形律は、韻文として極めて大まかのものであって、一般外国の詩に見るような、煩瑣《はんさ》な詩学上の法則がない。外国、特に西洋の韻文は、一語一語に平仄《ひょうそく》し、シラブルの数を合せ、行毎に頭韻や脚韻やを踏むべく、全く形式的に規定されたものであるのに、日本の長歌や短歌やは、単なる七五音の反復をするのみで、殆ど自然のままの詠歎であり、何等形式と言うべきほどの形式でない。すくなくとも日本の定形律は、西洋の厳格な「韻文《バース》」に比して、極めて非形式的《アンチクラシック》な自由主義のものである。」
 「(略)そしてこの事情は、全く我々の国語に於ける、特殊な性質にもとづくのである。元来、言語に於ける感情的な表出は、主として語勢の強弱、はずみ、音調等のものによるのであって、アクセントと平仄とが、その主なる要素になっている。然るに日本の国語には、この肝腎なアクセントと平仄が殆どないため、音律的には極めて平板単調の言語にできている。特に純粋の日本語たる、固有の大和言葉がそうである。試みに我々の言語から、すべての外来音たる漢語一切を除いてみよ。後に残った純粋の大和言葉が、いかに平板単調なのっぺら棒で、語勢や強弱の全くない、だらだらした没表情のものであるかが解るだろう。」
 「しかしこうした没音律の日本語にも、その平板的な調子の中に、或る種のユニックな美があるので、これが和歌等のものに於ける、優美な大和言葉の「調べ」になっている。けれどもこの特殊の美は、極めてなだらかな女性的な美である故に、或る種の抒情詩の表現には適するけれども、断じて叙事詩の表現には適合しない。叙事詩は男性的なものであるから、極めて強い語勢をもった、音律のきびきびした音律でなければ、到底表現が不可能である。(略)」
 「西洋の言語は、どこの国の言語であっても、ずっと音律が強く、平仄やアクセントがはっきりしている。。(略)東洋に於てさえも、支那語は極めてエピカルである。支那語は古代の漢音からして、平仄に強くアクセントがはっきりしている。故に支那の文学は、昔から叙事詩的な情操に富み、詩人は常に慷慨《こうがい》悲憤している。吾人が日本語によってこの種の表現をしようとすれば、いかにしても支那音の漢語を借り、和訳された漢文口調でする外はない。純粋の大和言葉を使った日には、平板的にだらだらとするばかりで、どんな激越の口調も出ない。(略)」
 「(略)畢竟《ひっきょう》日本の詩は、西洋派の「韻文」という語にぴったりしないで、昔から称呼される「謡いもの」に符節するのだ。(略)例えば平家物語等がそうであって、これ等はその内容上から、西洋の叙事詩と類属さるべき文学だろう。(略)あの単調な、どこまで行っても七五調を繰返している文学が、もし韻文と呼ばれるものなら、世の中に韻文ぐらい退屈なものは無かろう。畢竟するに平家や謡曲等の詩文は、琵琶《びわ》その他の音曲によって歌謡される、文字通りの「謡いもの」であって、独立した文学としては、韻文価値のないものである。」
 「独立した文学として、真に韻文価値を有するものは、日本に於て和歌俳句等の短篇詩があるのみである。これ等の詩には、西洋流の形式韻律がない――有っても見るに足りないほど素朴である――けれども、その格律の内部に於て、或る特殊な有機的の自由律、即ち歌人の所謂「調べ」があって、不思議に魅力のある文学的音楽を奏している。そしてこの限りなら、日本の詩の韻文価値が、必ずしも外国に劣りはしない。しかしながら困ったことには、それが短篇詩にのみ限定されて、長篇詩には拡大され得ないのである。(略)」
 「*短歌に於ける有機的な内部律(調べ)とは、言語の構成される母音と子音とから、或る不規則な押韻を踏む方式であり日本の歌の音律美は、全くこの点にかかっている。特に新古今集等の歌は、この点で音韻美の極致を尽している。(略)尚、五七音中に於ける小分の句節(例えば五音の小分された三音二音)は、法則の外に置かれる自由のもので、この組合せを色々にすることから、特殊の魅力ある音律を作り得る。故岩野泡鳴はこの小分の音律を法則しようと試みたが、かくの如きは歌の特殊な「調べ」を殺し、自由のメロディーを奪うもので、最も無意味な考である。」

引用は、青空文庫http://www.aozora.gr.jp/)入力:鈴木修一校正:門田裕志、小林繁雄、を利用しました。
底本:「詩の原理」新潮文庫、新潮社 1954年。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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