詩人の中村不二夫さんの
『現代詩展望Ⅶ』(2012、詩画工房)を読みました。この数年に出版された詩集、詩人を丁寧に読み解かれているので、出会いと発見があり嬉しく思います。
この本を通して私が強く感じたのは詩人と詩作品を、ある時代のわずかな年月の流行や世相、世代や流派に無理やり押し込めて論じるのは、とても無理があって意味がないなという思いです。人との出会いと同じで、一冊一冊、個々の個性と感性がひかる表情豊かな言葉の息づかいを感じとるという、当たり前のことが、詩の喜びだと思います。
この本に
黒田三郎の詩「紙風船」が引用されていて、なつかしく読みました。彼は、戦後「荒地」に参加し思潮社から詩集をだしていますが、グループや出版社は詩にとってほとんど虚飾でしかないことを際立って教えてくれる詩人だと私は思います。
この詩が教科書にも載っていることをインターネットで知りましたが、好きな詩ですので、今回は紹介しつつ私の詩想を記します。
詩集『もっと高く』(1964年、思潮社)所収です。
紙風船
落ちてきたら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように 多くの批評家は黒田三郎の作品だからこの詩がいいというだけの偽物です。そのような人は、作者を知らずにこの詩を見たらきっと「現代詩ではない幼稚な駄作だ」と切り捨て見向きもしません。自分の心で詩を感じとっているのではなく、みんながいいといった著名人の作品だからきっといいんだと同調しているだけだからです。
私は作者がたとえば小学生であったとしても、この詩が好きです。なぜ?
① 言葉の音楽的な美しさ 二連全八行の短い詩です。
各詩行の音数律は6音、4音、6音、9音、5音、6音、5音、9音と定型のない自由律ですが、この詩をなぜか音楽的に感じるのは、
言葉の調べ、音韻、とくに母音の旋律が静かに美しく流れているからです。
「落(o)ちて」「今度(kondo)」「もっと(motto)」と、オo音の、頭韻、重韻があること、
「きたら(tara)」「今度は(wa)」「高(taka)く」と、アa音の、脚韻、重韻があること、
「もっと」の3度の繰り返しと「高く」の2度の繰り返しが強く響くこと、
5行目の「何度(nando)」から「打ち上げよう(uchiageyou)」「美しい(utsukushii)」、アa音と
ウu音が主な旋律に転調していること、
「打ち上げよう(you)」と「よう(you)に」が音で呼び起こされていること、
「美しい(shii)」「ように(ni)」とイi音で結ばれ閉じられていること、
「願いごと」のgaとgoの濁音が語を強く浮き立たせていること、などにあります。
② 直接的な言葉の魅力 タイトルの言葉を詩行に含まずに表現するのも、もうひとつの詩の技法です。
さらに私はこの詩の一番重要な表現方法は次の点にあると思います。最後の2連2行で黒田三郎は「美しい」「願いごと」と書いています。
「美しい」という一語が、この詩を読者が「美しい」と感じる一番強い要因です。
難解さを好む現代詩人は、「美しい」と直接に書くことを嫌います。「美しい」と書いた瞬間、絶対的な普遍的な本当の「美しさ」は逃げて表現されないと現代詩人の多数派の方は頭で「考えて」います。だから「愛している」というような直接的な表現も疑い使うことを避けます。私はこのことが、現代詩の豊かさをかなり損なっている「現代詩の病巣」だと感じています。
「美しい」「愛している」という言葉を、詩が好きな読者はとても好きです。私は読者としてとても好きです。
その直接的な言葉が心がどのように響き心にどのような映像が結ばれどのように心揺れ温まるかは読者の心次第でいいのだと私は思います。
「美しい」という言葉のしゃぼんだまが読者のこころの景色をどのように写して光るかは作者にはわからなくても、詩は言葉のしゃぼんだまを浮かべたほうが良いと思います。
「美しい」という言葉が詩に浮かんでいて、読者ひとりひとりが自分なりの「美しい」を感じとれることのほうが、美しくない言葉を書き連ねるより、よっぽどいい詩、読んで好きだなと感じとれる詩だと私は思います。
現代詩が禁欲的に素直な直接的な言葉を避け貧しくなり読まれなくなった代わりに、ポップスなどの曲にのった
歌詞に直接的な良い表現が生まれ、多くの人は歌詞でこの欲求を充たしてきたし充たしているいると、私は思います。私自身、現代詩より魅力的だな、いいなと感じる多くの歌詞に出会いましたから。
③ メロディーと言葉の素朴な響き この詩「紙風船」は、
フォークグループの赤い鳥がヒットさせた曲の本歌です。メンバーの後藤悦次郎がシンプルで情感豊かなメロディーを作曲した歌です。ハーモニーと声の響きがとても美しく、心を強く揺り動かしてくれ感動します。黒田三郎の詩の言葉よりもっと強くもっと高く。
でもこのことが逆に、
曲にのせて歌う時には気にもしない、静かな素朴な響きこそが、詩の言葉の音楽だということを教えてくれます。私はどちらも好きです。
④ 詩も歌詞も詩心の子ども もしかしたら、黒田三郎が詩をつくった心の泉に、
童謡の「しゃぼんだま」がさざ波のように揺れていたのではないだろうかと、私は思ったりします。
誰でも知ってる「しゃぼんだまとんだ/やねまでとんだ」は、
野口雨情が1922(大正11)年に児童雑誌『金の塔』に発表した歌詞に、中山晋平が作曲して作品集『童謡小曲』(山野楽器店)で発表しました。私はこの歌の優しい歌詞がとても好きです。
私は「紙風船」と「しゃぼんだま」に、年月を越えた木魂を聴きとり、嬉しくなります。
詩人と作詞家、
詩と歌詞を、職業分類して全く別のものかのように分け隔てようとするのは、馬鹿げています。おなじ詩心で結ばれていますから。
詩と歌詞という分類など気にせず、いい表現をいいな、好きだな、と心素直に感じて、ふと口ずさむ人が、ほんとの詩心ある人だと私は思います。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年
3月11日、
イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2100円(消費税込)です。
イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
こだまのこだま 動画 ☆ こちらの本屋さんは店頭に咲かせてくださっています。
八重洲ブックセンター本店、丸善丸の内本店、書泉グランデ、紀伊国屋書店新宿南店、三省堂書店新宿西口店、早稲田大学生協コーププラザブックセンター、あゆみBOOKS早稲田店、ジュンク堂書店池袋本店、紀伊国屋書店渋谷店、リブロ吉祥寺店、紀伊国屋書店吉祥寺東急店、オリオン書房ノルテ店、オリオン書房ルミネ店、丸善多摩センター店、くまざわ書店桜ケ丘店、有隣堂新百合ヶ丘エルミロード店など。 ☆ 全国の書店でご注文頂けます。
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