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春木節子の詩。創作で一番大切なこと。

 今回は詩人・春木節子(はるき・せつこ)の詩をみつめます。前回紹介したアンソロジー詩集『女性たちの現代詩 日本100人選詩集』(麻生直子編・梧桐書院)の収録作品で、作品出典は北海道新聞です。

 略歴には、1952年、東京都生まれ。詩集『巴里通信』(金文社)、『鎧戸』『悦郎君の憂鬱』(共に本多企画)『Nとわたし』(土曜美術社出版販売)。日本現代詩人会会員。詩誌「木々」「馬車」同人。と記されています。
 詩人・久宗睦子を引継ぎ詩誌「馬車」を現在主宰され、意欲的な詩活動を継続されています。

 アンソロージーで読むことができた詩「英語の時間」は、次のような大切なことを考えさせてくれます。
 詩の良さって、なんだろう?という、とても素朴なことです。
 この作品を、読んだとき、読み返すとき、正直に書くと、私は泣きそうになります。胸に強くこみあげるものを感じます。読んだときに、呼びおこされる感動、思いが強いものであるのは、その作品が息づく詩であるからだと、私は思います。

 この作品の詩句は、意識して一切の不要な暗喩や言葉の装飾は省かれています。大人になってからの回想の枠組みですが、語り手は中学生か高校生の少女時代のその時の目線、その時の言葉で、出来事をたんたんと伝えているので、読者は少女の優しい言葉に素直に耳を傾けている気持ちになります。
 そこで語られている情景とその時を染めた悲しみが、作者にとって忘れられない強い記憶であったこと、そのことを伝えたいという作者の思いの強さが、平易な言葉の底流にあるからこそ、読者の心を開き、沁みこんできて、ゆさぶってくれるのだと思います。

 事実そのままの回想のように感じさせることにも、私は詩人の力量を感じます。言葉にして書くということ自体が、事実・あったこと・記憶を、ひとつの言葉による虚構の形を作って、伝えることです。
 文脈に用いる暗喩や寓喩の数や、その解読の難解さが、詩句の価値を高めるのではありません。それはあくまで、伝えるために虚構の形を作る際の方法のひとつでしかありません。暗喩や寓喩を多用する「現代詩」こそ、前線の最良の詩だと思い込んでいる人たちは、このことを忘れてしまったか、知らないのだと思います。

 平易な言葉で作品を構成して読者に感動を伝えることのほうが、とても難しいです。
 作品にはふさわしい個性と顔があります。その望む姿で生まれるのを助けるのが詩人です。出産に似通っています。この作品の感動は、ここで選ばれた平易な言葉でこそ心に静かに強く深く響きます。作者はそのことを感じ、言葉を見つけたのだと思います。
アジテーションの連呼が聞く者の心を醒まし閉ざしてしまったり、きらびやかな美文が作為に過ぎ駄文に陥るのと、対照的です。

 核に、強い感動、伝えずにいられない思いがあること。作品が受精卵か無性卵かの違いです。
その感動、思いを息づかせたまま、読者の心にもっともよく届き伝わる、言葉、リズム、構成、方法を探し見つけながら、事実と虚構の織りなす輝きを生み出すこと。これが詩の創作でもっとも大切なことだと、この詩は教えてくれます。

  英語の時間
            春木節子


英語を教えて下さる 田代先生のお嬢さんが
交通事故で亡くなられて
先生の授業は 二週間続けてお休みでした

暫くぶりのリーダーの授業が始まる前
わたしたちは 田代先生のお気持ちを思って
授業中は お喋りをしないこと
誰かがお悔やみを先生に申し上げることを慌ただしくきめ
わたしにその役目がまわってきました

田代先生はなにごともなかったように板書をされ
滑らかに 教科書を読まれました
先生は 何時もどおりに笑顔でいらしたけれど
生徒の誰とも目をあわせることをせず
先生の眼鏡のおくの目は
少しも笑っていなかったのが
わたしにはわかりました

「今日は皆さん 静かですね」
先生がそういわれると わたしの回りでしきりと何か言うよう促すので
「先生 わたしたちは 心からお悔やみ申しあげます」
とやっとお話しすると 先生は遮るように
「きょうは どうもありがとう」
と言われて 黒板の方に急に 向かれて 静かに
泣かれました

先生がそのあと すぐにおやめになったのは
先生のお嬢さんと わたしたちが同じ歳であたためとしったのは
わたしが大人になってからのことでした

 次回は、今年読むことができ、心に残り、詩想をよび起こされた詩集の詩をみつめます。


 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
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    発売案内『こころうた こころ絵ほん』
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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