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吉野弘の詩(二)。多くを期待しないだろう。

 詩人・吉野弘の詩に想うことを、前回に続き記します。彼の詩を「ハルキ文庫」で読みました。
 優れた詩人は皆そうですが、彼も作風、詩風に、広がり、幅、奥行き、深さをもっていました。自然をみつめる詩、歌唱の歌詞、言葉を考える詩、言葉遊びの詩など、ひとの心のように表情がゆたかであればあるほど、読者それぞれが、それぞれの時期に、いいなと感じる作品との出会いの可能性がひろがります。

 読者の一人としての私自身は、心といのちをみつめ語りかける彼の詩が好きで、心に響きます。前回みつめた詩「夕焼け」とともに、たぶん十代に初めて読んでから、ずっと心に消えなかったもうひとつの詩と再会できました。
 「奈々子」。タイトルは忘れていましたが、第三連にふれたとき、「ほんとにそうだ」と子どもごころに感じました。その気持ちはその後、子どもを育てる立場になった今も変わらずに私の心に生きています。

 このようなとてもまっすぐな語りかけの詩は、考え方の違う人、考えの凝り固まった「大人」には何も伝わらずに終わるかもしれません。
 ただ巷(ちまた)にも学校にもあふれているようなお説教ではないことが、子どもたちにはわかります。子どもの私はわかりました。
 そのひとが本気で自分のことを思ってくれている言葉かどうか、うそかほんとか、子どもはこころの肌で感じて、こころの耳をひらきます。こころに届いたうそじゃない言葉の響きは、こころの森深く長く木魂し続けます。詩はこころの木魂です。

 自分の長女、一人の子どもへの、はだかの言葉だからこそ、弱くはあっても、あたたかみとやわらかさ、いつわりのなさは、美しいです。とても好きな詩です。

  奈々子に
          吉野弘


赤い林檎(りんご)の頬をして
眠っている 奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。

唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。

お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。

ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。

自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう

自分があるとき
他人があり
世界がある。

お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた。
苦労は
今は
お前にあげられない。

お前にあげたいものは
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。

    註 奈々子=長女の名

ほかにも、いのち、生まれるということをみつめた「I was born」と、結婚し新しい生活に歩みだす子どもに贈る言葉「祝婚歌」は、この詩とおなじように、吉野弘という心の詩人の詩のいちばん良いところが現れ出ている作品だと私は自分勝手に思っています。
 今回は、読者としての私の好みのままに記しましたので、彼の違う側面の作品が好きな読者はまったく違う感じ方をするかもしれません。
 彼の詩を読むさまざまな読者が、共通して感じるのは、ひとや、詩が、いいな、いやじゃないな、という想いのような気がします。とても大切なことではないでしょうか。

出典:『吉野弘詩集』(1999年、ハルキ文庫)、底本『吉野弘全詩集』(青土社)ほか。


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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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