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中川一政の詩。かなし、いとし、いとほし。

 『日本の詩歌26 近代詩集』(中央公論社、1979年、解説・伊藤信吉)を読んでいます。これまで出会う機会のなかった良い詩を見つけると私は嬉しくなります。

 前回は武者小路実篤の詩と白樺派について書きましたが、そこでふれた有島武郎が推奨した詩人と出会いました。独学で油絵を学んだという画家でもある中川一政(1893年~1991年)です。
 (インターネットで調べると記念館もある方なので、ご存知の方も多く、不勉強な私が知らなかっただけかもしれません)。
 この本に収録された彼の詩「貧しき母」や「黙つてゐる蝉」を読むと、武郎の共感が私にも伝わってきました。
 「貧しき母」でこの詩人は、「かなし」「いとし」「いとほし」という言葉を繰り返します。これらの気持ちが入り乱れ交じり合ったこころを表す「愛(かな)し」という心の感動が、私の詩の通底音、泉の源です。

 
  貧しき母
            中川一政


人はなべてかなし
さ夜ふけし夜のみち
米何升を買ひてかへるもの
あにわが母のみならんや

われはけふ
しほ鮭のひときれを
買ひてかへるまづしき人を見たり
顔あおざめて
この世にいまは為(な)すことなきが如(ごと)けれど
背には子を負へり
何も知らざるをさな児よ
汝が母の背はあたゝかくして
汝が母がくるゝものはうまきかな

ねむれ、いとし児
みちたりて
ねむれいとし児
なが幼児なる日
母は世にも貧しきくらしをなしつゝ
なをそだてあぐるなり

すべて人は労苦す
すべてのものはみなかなし
されど子を守る母はありて
をのれひときれの塩鮭を
紙につゝみて買へども
なほ世のどん底に
死なせずしてとらふる力あり
なほ世のためになさしむるなり
いとほしの汝が児を
おのがじし
わが児を負へる
ちまたの母は涙ぐましきかな。

 「貧しき母」は、過去の時代の詩ではありません。現代にも同じように幼子を一身に背負って生活苦に耐えている貧しい母はとても多いと思います。時おり虐待などの破綻した悲劇が報道され、母だけが加害者として非難されています。が、そこまで追いつめてしまう弱者切り捨て社会のひずみもまた加害者であることを忘れてはいけないと思います。
 もう一篇、画家らしい眼差しで、いのちをとらえ、言葉にした良い詩を引用します。


  黙ってゐる蝉
            中川一政


手の掌(ひら)にのせても
ひつかりかへしても
黙つてゐる蝉
強かつた羽根(はね)の力が今は失(う)せたが
苦しくても
さびしくても
じつとこらへてゐるやうに
何事も語らない
強い引きしまつた鋼鉄色の
ぐわんけんな身体(からだ)も今は弱つたが
時々何をか思ふ羽ばたきして
黙つて
短い一生を送らんとする


 今回は最後に、これらの詩と響きあう私の詩、愛(かな)しい蝉の詩を木魂させます。

   詩「かなかな」(高畑耕治詩集『愛(かな)』所収)。

 次回もこの本から、民衆詩派の詩人を見つめます。


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『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2100円(消費税込)です。

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    こだまのこだま 動画
  
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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